厚さ1kmを超える氷に覆われた、北極圏の巨大な島グリーンランド。その氷が、約41万6000年前にはある場所から消えていたことが分かっています。では、そのときの夏はどれほど暑かったのでしょうか。氷の下から掘り出された「土」を調べた最新の研究は、意外な答えを出しました。夏の気温は今より約4.7℃高い程度で、ここ1万年ほどの暖かい時期とあまり変わらなかったというのです。
研究は、米国のバッファロー大学のジョン・マイケル・アギラール氏とエリザベス・トーマス氏、バーモント大学などのチームが、学術誌『クライメート・オブ・ザ・パスト(過去の気候)』に2026年9月28日付で発表したもので、10月下旬に海外の科学ニュースで紹介されました。
ニュース本体:氷の下の「土」から41万年前の夏を測る
チームが調べたのは、グリーンランド北西部の「キャンプ・センチュリー」と呼ばれる場所で、厚い氷の底から採取された堆積物(たいせきぶつ:積もった土や砂)です。この堆積物は、氷がこの場所を覆う前の時代のものです。
手がかりにしたのは、土の中に残っていた「脂質バイオマーカー」です。これは、細菌がつくる脂のような分子のことで、その種類や割合は周りの気温によって変わります。チームは、今の北極圏の湖で採れる同じ分子と比べることで、昔の夏の気温を推定しました。氷床が大きくなったり小さくなったりすると地面の高さも変わるため、その補正に何年もかかったといいます。
その結果、「海洋酸素同位体ステージ11(MIS11)」と呼ばれる約41万6000年前の暖かい時期の夏は、今より約4.7℃高かったと推定されました(誤差はプラスマイナス3.2℃)。これは、今から5000〜1万年前ごろの「完新世(かんしんせい:今の時代)」で最も暖かかった時期と同じくらいか、少し暖かい程度です。しかし完新世の暖かい時期には、キャンプ・センチュリーは氷に覆われたままでした。
同じくらいの暖かさなのに、なぜ41万年前には氷が消えたのか。研究チームは、暖かさが続いた「期間の長さ」が違ったためだと考えています。MIS11の暖かい時期は数万年続いた可能性があり、ほどほどの暖かさでも長く続けば、氷床は大きく後退するというわけです。この場所が氷のない状態になるには、氷床の端が今より100km近く(60マイル以上)内側まで後退していなければなりません。トーマス氏は「温暖化の大きさと続く期間の両方が、氷床の反応を理解するうえで重要だ」と述べています。
独自リサーチ:核ミサイル基地計画と「冷凍庫で見つかった土」
キャンプ・センチュリーには、少し変わった歴史があります。バーモント大学によると、ここは1960年代初めに米陸軍が氷の中に建設した基地で、表向きは研究拠点でしたが、本当の目的は「プロジェクト・アイスワーム」という秘密計画でした。旧ソ連に近い氷の下に、長いトンネル網を掘って約600発の核ミサイルを隠すというものです。しかし氷が予想より速く動いてトンネルがゆがみ、計画は失敗。基地は1967年までに放棄されました。
その一方で、科学者たちはここで深さ4560フィート(約1390m)の氷床コア(氷の柱)を掘り、さらにその下の泥や岩も約3.6m分採取していました。バッファロー大学によると、この試料は1970年代に同大学へ運ばれ、1990年代にはデンマークに渡りましたが、その後数十年にわたって忘れられていました。再び見つかったのは2017年、冷凍庫の移し替えのときです。
よみがえった土からは、コケや木のかけらが見つかりました。2023年に学術誌『サイエンス』に発表された研究では、この土が約42万4000〜37万4000年前の暖かい時期に流水によって積もったもので、約41万6000年前にはこの場所に氷がなかったことが示されました。モデルによる計算では、このとき世界の海面は少なくとも約1.5m上がったとされています。グリーンランドの氷がすべて溶けると、世界の海面は約7.4m上昇するといわれます。
日本への影響:海面上昇は日本の砂浜を直撃する
グリーンランドは日本から遠い場所ですが、氷が溶けた水は世界の海へ広がり、日本の海岸にも影響します。国土交通省の資料では、海面が1m上がると日本の砂浜は平均で約100m後退し、約90%が侵食されると試算されています。東京湾・伊勢湾・大阪湾の「ゼロメートル地帯(海面より低い土地)」も広がるとされています。
今回の研究が示したのは、「急に大きく暖かくならなければ大丈夫」とは限らないということです。ほどほどの暖かさでも長く続けば、何百年、何千年という時間をかけて氷が失われていく可能性があります。海に囲まれ、大都市が湾の奥に集まる日本にとって、遠い島の氷の行方は決して他人事ではありません。
意見:「何度上がるか」だけでなく「どれだけ続くか」を考えたい
私は、この研究が気候の議論に「時間」という見方を加えた点に大きな意味があると考えます。ニュースではつい「気温が何度上がるか」に目が向きますが、氷床のような大きなものは、暖かさが続く長さにも反応します。研究チームによると、41万年前の温暖化は地球の公転軌道のゆっくりした変化によるものでした。一方、今の温暖化は人間活動によるもので、その強さは当時を上回り、何世紀以上も続く可能性があります。今の私たちの選択が、遠い未来の海面を決めてしまうかもしれないのです。
ただし、慎重に見るべき点もあります。推定の誤差はプラスマイナス3.2℃と大きく、調べたのも1か所の試料です。研究チーム自身も「予測ではなく1つのデータ点」と位置づけています。氷の下の堆積物をほかの場所でも掘り出せれば、グリーンランドの氷がどんな条件で消えるのか、より確かな姿が見えてくるはずです。
まとめ
グリーンランドのキャンプ・センチュリーの氷の下から採れた土を分析したところ、約41万6000年前に氷が消えていた時期の夏は、今より約4.7℃高い程度で、ここ1万年の暖かい時期と大きくは変わらなかったことが分かりました。カギは暖かさが「長く続いたこと」とみられます。冷戦時代の秘密基地から始まり、冷凍庫で眠っていた土が、私たちの未来を考える手がかりになっています。
地球46億年 気候大変動(横山祐典)
炭素や酸素の同位体などを手がかりに、地球の気候が過去にどう変わってきたかを解説するブルーバックスです。氷期と間氷期のくり返しなど、今回のMIS11の背景を知るのに役立ちます。
【出典・参考】
https://www.earth.com/climate/greenlands-ice-vanished-416000-years-ago-and-ancient-sediment-reveals-why/
https://cp.copernicus.org/articles/22/1757/2026/
https://www.buffalo.edu/news/releases/2023/07/ancient-soil-shows-greenland-melted-recently.html
https://uvm.edu/uvmnews/news/secrets-under-ice
https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/kikouhendou/pdf/080601_shiryo_06_07.pdf
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