もしあなたが古代の大帝国の王様だったら、最大の業績は何と答えるでしょうか。広い領土でしょうか。戦争での勝利でしょうか。今からおよそ2700年前のメソポタミアに、こう答えた王がいました。「私の最大の業績は、世界中の知恵を集めた図書館を造ったことだ」と。今回は、領土よりも本を愛した古代の王と、土の中から奇跡的によみがえった世界最古の図書館の物語をご紹介します。
※動画版はこちら
舞台はメソポタミア、首都ニネベ
物語の舞台は、いまのイラク北部にあった大帝国アッシリア。時は紀元前7世紀、その帝国の首都として栄えていたのがニネベです。現在のイラク北部、モースル市のすぐそばに、その遺跡が眠っています。アッシュルバニパル王は紀元前668年ごろからおよそ40年にわたってこの大帝国を治め、エジプトからイラン、アラビアまで広がる広大な領土を抱えていました。当時の世界でもっとも強い王の一人といえます。
文字を読み書きできた稀な王
そんな彼が、戦いや政治と同じくらい、いえそれ以上に情熱を注いだものがあります。それが本を集めることでした。意外に思われるかもしれませんが、アッシュルバニパル王自身が、字を読み書きできるという、当時としてはとても珍しい王様でした。古代の王の多くは文字を書記にまかせていましたが、彼は自分で楔形文字を読み、自分で碑文を書いたのです。
「私はネボの神からあらゆる知恵をさずかった」——王自身が誇らしげに書き残した碑文の一節。
3万点の粘土板に収められたあらゆる知識
彼が首都ニネベに造った図書館に集められた粘土板と断片の数は、なんと3万点以上。図書館におさめられていたのは、ありとあらゆる分野の文書でした。
- 星の動きを読んで未来を占う占いの書
- 神々への祈りや儀式の手引き
- ことばを学ぶための辞書、医学書、数学
- 過去の王たちの歴史、英雄たちの叙事詩、神話
- 契約書や手紙といった日常の記録
ギルガメシュ叙事詩も、ここから
特に有名なのが、人類最古の文学のひとつ「ギルガメシュ叙事詩」です。半分は神、半分は人間の王ギルガメシュが親友エンキドゥと冒険に出かけ、やがて親友を失い、死を恐れて永遠の命を求めて旅をするという、ほとんど現代の小説のような物語です。実はこの中には、世界中の人が知っている旧約聖書の「ノアの方舟」によく似た大洪水のお話も登場します。聖書よりずっと古い時代から、人類は同じような物語を語り継いできた——それを今の私たちに教えてくれたのが、まさにこの図書館の粘土板でした。
火で焼かれて、逆に保存された奇跡
紀元前612年、アッシュルバニパル王が亡くなってからまもなく、首都ニネベはバビロニアとメディアの連合軍に攻め込まれ、徹底的に破壊されました。豪華な王宮も、神殿も、そして大切な図書館も、すべて火の海に。普通であれば、本はここで永久に失われるはずです。
ところが、ここに思いがけない奇跡が起こります。図書館に並べられていた書物は、紙ではなく、すべて粘土板だったのです。火に焼かれた粘土板は、燃え尽きるどころか、かえって硬く焼き固まりました。まるで陶器のように。図書館は灰になっても、本は灰にならなかった。土に埋もれたまま、2000年以上のあいだ、王の蔵書は地下で眠り続けることになったのです。
アレクサンドリア図書館との皮肉な対比
世界史でもう一つよく知られているのが、エジプトのアレクサンドリア図書館です。紀元前3世紀ごろから栄え、最盛期で数十万巻あったともいわれる、古代世界最大の知の都でした。しかし、何度かの戦乱や火災のなかで失われ、中身のほとんどは現代に伝わっていません。理由は単純で、あちらの本はパピルスでできていたからです。
アッシュルバニパル王の図書館は、アレクサンドリアより400年以上も古いにもかかわらず、本体の多くが現代までたどり着いています。最先端の素材だったパピルスは消え、古くさく重たいだけに思えた粘土板は、火で焼かれてかえって強くなった。「何に書くか」というたった一つの選択が、未来に伝わるかどうかを大きく変えてしまったわけです。
紀元前7世紀の「文献コピー戦略」
アッシュルバニパル王は、たんに本を集めただけではありませんでした。配下の役人を隣国バビロンや各地の神殿に派遣して、こう命じたといわれています。「めぼしい粘土板があったら原本ごと持ってこい。持ってこられないなら、その場で写しを取って送れ」。徹底した文献収集とコピーによる保全——現代の図書館や博物館がやっていることを、王はすでに紀元前7世紀におこなっていたのです。
そして書き残されたタブレットの一つには、こんな恐ろしい一文が刻まれています。「もし誰かがこの粘土板を盗み出したら、神々はその者の名を、そして子孫を、この地から完全に消し去るだろう」。本を盗む者にかける呪い。それくらい、彼にとって本は大切なものでした。
2000年の時を超えて、大英博物館へ
時は流れて19世紀の半ば、イギリスの考古学者たちがモースル近郊で大規模な発掘を始めます。土の中から、無数の不思議な記号が刻まれた粘土板を次々と掘り出した彼らは、これがアッシュルバニパル王の図書館であることを突き止めました。発見された粘土板の多くは現在、ロンドンの大英博物館に収められ、世界中の研究者によって解読が進められています。日本でも東京大学や京都大学などで楔形文字研究が続いており、私たちが世界史の教科書で読むアッシリアやバビロンの記述のかなりの部分は、こうした粘土板の解読の積み重ねの上に成り立っています。
領土ではなく本を愛し、王として最大の業績を「世界中の知恵を集めたこと」と誇った王、アッシュルバニパル。そして火で焼かれてかえって硬くなり、2700年の時を超えて生き残った3万点の粘土板。インターネットで知識に簡単にアクセスできる今だからこそ、「知を残すこと」の重みを、ときどき思い出してもいいのかもしれません。
もっと深く知りたい方へ
世界の「気になる古代の物語」を、これからも分かりやすくお届けします。動画でも詳しく解説していますので、チャンネル登録もぜひお願いします。

