歴史

1200年前のミイラ犬は「毛のない犬」 ペルーの古代帝国の宮殿跡で

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耳の形まで残った犬の頭に、赤い顔料が塗られていた――。南米ペルーの古代遺跡で、1200年以上前の犬のミイラが見つかりました。しかもその犬は、いまもペルーで大切にされている「毛のない犬」の仲間だったことが分かったのです。

研究をまとめたのは、アメリカのダートマス大学で研究員を務めるウェロニカ・トムチク博士と、ポーランドのワルシャワ大学などのチームです。論文は学術誌『人類学的考古学ジャーナル』に掲載され、ダートマス大学の発表を米科学ニュースサイト「サイエンスデイリー」が2026年10月17日に伝えました。

ニュース本体:宮殿跡から19匹以上の犬

舞台は、ペルーの首都リマから北へ約190マイル(約300キロメートル)、太平洋岸にある「カスティーヨ・デ・ワルメイ」遺跡です。広さは約110エーカー(約45ヘクタール)。西暦600〜1050年ごろ、インカ帝国が力を持つおよそ400年前に栄えた「ワリ帝国」の、行政と埋葬の中心地でした。ペルー北部の海岸で見つかっているワリ帝国の遺跡は、ここだけです。

チームは、儀式に使われた中心エリアの北側から、特に重要な3匹分の犬を見つけました。1つは、毛のない皮膚と耳が残る自然のミイラの頭で、赤い顔料の「辰砂(しんしゃ)」が塗られていました。もう1つは一回り大きい犬の頭の骨。そして、浅い穴に横たわっていた、前足の先だけが欠けたほぼ完全なオスの犬のミイラです。このオス犬は、放射性炭素年代測定で少なくとも1200年前のものと分かり、遺跡で年代が確かめられた中で最も古い犬になりました。

「毛のない犬」と分かった決め手は歯です。3匹とも、奥歯の手前にある「第1前臼歯(ぜんきゅうし)」がありませんでした。トムチク博士は「犬の毛をなくす遺伝子は、歯の数も減らす遺伝子でもある」と説明しています。皮膚が残っていなくても、歯を見れば毛のない犬かどうかが分かるのです。

遺跡全体では、少なくとも19匹分、341点の犬の骨が見つかりました。生後6〜8週の子犬は、「バスケット職人の親方」と呼ばれる身分の高い職人と一緒に葬られていました。宮殿の中に埋められた成犬や、墓の番人として捧げられたとみられる子犬もいます。一方で、骨に切り傷のある例は少なく、犬が食べ物にされることはまれだったと考えられています。

骨に残る成分を調べる「同位体分析」からは、多くの犬がトウモロコシを食べていたことも分かりました。毛のない子犬の食事は人間の子どもに近く、年をとった毛のない犬はもっといろいろなものを食べていました。チームは、計画的に繁殖させていた可能性も指摘しています。ただしトムチク博士は「わざとトウモロコシを与えたのか、残飯を食べていただけなのかは分からない」とも述べています。

独自リサーチ:毛のない犬の遺伝子と「女王の墓」

毛のない犬と歯の関係は、遺伝子の研究でも裏づけられています。2008年に米科学誌『サイエンス』に載ったスイスなどの研究チームの論文は、メキシカン・ヘアレス・ドッグ、ペルービアン・ヘアレス・ドッグ、チャイニーズ・クレステッド・ドッグに共通する「毛も歯も少ない」体質が、「FOXI3」という1つの遺伝子の変異で起こることを突き止めました。この遺伝子は、毛と歯がつくられるときに働きます。今回の研究は、1200年前の骨に、この遺伝子の「しるし」を歯の形として読み取ったことになります。

カスティーヨ・デ・ワルメイは、もともと世界的な発見で知られる遺跡です。ナショナル ジオグラフィックによると、ポーランドとペルーの合同チームが2012年、荒らされていないワリ帝国の貴族の集団墓を発見しました。中には58人の身分の高い女性が葬られ、宝飾品や武器、織物の道具など1300点を超える品が納められていました。「ワルメイの女王」と呼ばれる60歳ほどの女性は、金の織物道具や耳飾りと一緒に眠っていたといいます。今回の犬の研究にも、このときの発掘を率いたミウォシュ・ギェルシュ博士らが加わっています。

つまり、犬たちは帝国の中でもとくに身分の高い人々の空間にいたことになります。ペルーの毛のない犬は、2000年にペルーの文化遺産に指定されました。1200年前の宮殿で暮らした犬の子孫が、いまも国の宝として受け継がれているのです。

日本への影響:縄文の人も犬を葬っていた

犬を大切に葬る文化は、日本にもとても古くからあります。慶應義塾大学の研究によると、愛媛県久万高原町の「上黒岩岩陰(かみくろいわいわかげ)遺跡」で1962年に掘り出された2匹の犬の骨は、放射性炭素年代測定で約7400〜7200年前のものと分かりました。日本で最も古い「埋葬された犬」とされています。この骨は発掘のあと行方が分からなくなっていましたが、2011年に大学の倉庫で再発見されたという、ドラマのような経緯もあります。

遠く離れた日本とアンデスで、人々が同じように犬を「仲間」として葬っていたことは興味深い共通点です。また、アンデスの考古学は日本とも縁が深く、東京大学は1958年にアンデスの調査団をつくり、半世紀以上にわたって多くの日本人研究者がペルー各地で発掘を続けてきました。日本から見ても、ペルーの遺跡の発見は身近なニュースといえます。

意見:犬は「ペット」か「道具」か、答えは1つではない

この研究で一番心に残るのは、トムチク博士の「ある人々にとってのペットが、すぐ隣の人々にとっては厄介者だったかもしれない」という言葉です。王族と一緒に葬られた犬がいる一方で、ごみと一緒に捨てられていた犬もいました。犬と人の関係は、昔から1つではなかったのだと思います。

もう一つ、トウモロコシを食べ、人の子どもに近い食事をしていた子犬がいたことは、「毛のない犬」が特別に育てられていた可能性を示しています。もしそうなら、品種づくりの歴史をさかのぼる大事な手がかりになるでしょう。ただ、遺跡の上の層は1970年の地震や盗掘で荒らされており、どこまでが当時の姿なのかは慎重に見る必要があります。今後、DNAの分析が進めば、今の毛のない犬との血のつながりもはっきりすると期待しています。

まとめ

ペルーのワリ帝国の遺跡カスティーヨ・デ・ワルメイで、1200年以上前の犬のミイラが見つかり、歯の特徴から「毛のない犬」だと分かりました。犬たちは身分の高い人と一緒に葬られることもあり、トウモロコシを食べていたことも判明しています。日本の縄文時代の人々も犬を葬っていました。時代や場所が違っても、犬は人のすぐそばにいた存在だったことを、改めて感じさせる発見です。

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【出典・参考】
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/10/261016070644.htm
https://doi.org/10.1016/j.jaa.2026.101767
https://www.nationalgeographic.com/history/article/inca-empire-wari-women-tomb
https://boris.unibe.ch/70772/
https://dogburial.flet.keio.ac.jp/?p=305
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/38/38386
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/e_z0301_00003.html

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