ブラックホールは何でも吸い込む――そう思われがちですが、実は一部の巨大ブラックホールは、光の速さに近いスピードで物質を外へ噴き出しています。これが「ジェット」です。では、そのジェットはブラックホールのすぐそばのどこから、どうやって生まれるのでしょうか。
この100年来の謎に、日本のX線天文衛星「XRISM(クリズム)」と世界の電波望遠鏡が力を合わせて迫りました。東北大学と名古屋市立大学などの研究グループが、2026年10月19日に米国の天体物理学誌『The Astrophysical Journal Letters』に成果を発表しています。
「爆食い」ブラックホール3C120を同時観測
観測したのは、おうし座の方向、約4億2000万光年先にある銀河の中心の巨大ブラックホール「3C120」です。質量は太陽の約6000万倍。周りから大量のガスを呑み込んでいる「爆食い状態」のブラックホールで、強力なジェットを出していることで知られています。
研究グループは、X線を観測するXRISMと、複数の国際的な電波望遠鏡ネットワークで、3C120を同時に観測しました。使われたのは、国際的な3ミリ波の観測網で18局からなる「GMVA」、米国の10局からなる「VLBA」、そして日本・韓国・中国の10局からなる「東アジアVLBIネットワーク(EAVN)」です。VLBIとは、遠く離れた電波望遠鏡を組み合わせて、地球サイズの巨大な望遠鏡のような細かさで天体を見る技術のこと。XRISMとこれらの電波観測網の同時観測は、世界で初めてだといいます。
何が分かった?ジェットの「出発点」の姿
ブラックホールの周りには、吸い込まれていくガスが円盤状にぐるぐる回る「降着円盤」があります。今回の観測で分かったのは次のようなことです。
- XRISMのX線の分析から、冷たいガスの円盤が、ブラックホールの半径の約20倍のところで途切れていることが分かった
- その内側では、ガスが数億度の高温のプラズマの流れに変わっている
- 電波の画像から、ジェットはその高温の流れの内側から、細く絞り込まれて噴き出していることが示された
- X線の「色」(波長)の変化から、強い重力で光の波長が引き伸ばされる、一般相対性理論の効果もとらえた
たとえるなら、ブラックホールに向かって流れ込む「冷たい川」が、ある地点でとぎれて「熱い霧」に変わり、その霧の中心からジェットが勢いよく飛び出している――そんな構造が見えてきたのです。研究グループは、この結果が、ブラックホールの自転のエネルギーを使ってジェットを動かすという理論と合っているとしています。
独自リサーチ:100年以上続く「ジェットの謎」
銀河からのびるジェットが初めて記録されたのは、100年以上前の1918年です。米国リック天文台の天文学者ヒーバー・カーティスが、おとめ座の銀河M87の写真に「奇妙なまっすぐな光線」が中心から延びているのを見つけました。これが、のちにブラックホールのジェットだと分かったものです。
そのM87のブラックホールは、2019年4月に国際共同プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」が史上初めて「影」を撮影したことで有名になりました。このプロジェクトにも日本の研究者が多く参加しています。
ブラックホールの自転エネルギーでジェットを動かすという考え方は、1977年にブランドフォードとズナエクが提案した理論(ブランドフォード・ズナエク機構)として知られ、半世紀近く検証が続いてきました。
じつは3C120は、この謎を調べるうえで「有名な実験場」でもあります。2002年には米国ボストン大学のマーシャー氏らが、3C120でX線が弱まる現象のあとに、ジェットに沿って新しい電波の塊が飛び出していくことを報告しました。円盤の内側の一部がブラックホールに落ち込むことで、ジェットにエネルギーが送り込まれるという解釈で、「円盤とジェットはつながっている」ことを示す有力な手がかりとされました。今回の研究は、そのつながりの空間的な構造を、X線と電波の同時観測で具体的に描き出した点で、一歩踏み込んだものといえます。
日本への影響:XRISMが世界の最前線に
XRISMは、2023年9月7日にH-IIAロケット47号機で打ち上げられた、JAXA(宇宙航空研究開発機構)がNASAなどと協力して進めるX線分光撮像衛星です。X線の「色」をこれまでにない細かさで測れるのが強みで、今回の重力による波長の変化をとらえられたのも、その性能があってこそです。
さらに、電波観測では日本・韓国・中国の望遠鏡でつくるEAVNも活躍しました。X線でも電波でも日本の装置が重要な役割を果たした今回の成果は、日本の天文学が「ブラックホール研究」で世界の最前線にいることを示すものです。打ち上げ時には、国産ロケットH-IIAと日本の衛星の組み合わせが話題になりましたが、その衛星が今、宇宙の大きな謎を解く成果を出し始めているわけです。
ちなみに、私たちが今回見ている3C120の光は、約4億2000万年前にブラックホールの近くを出発したものです。地球ではちょうど古生代、シルル紀ごろにあたります。そんな昔の光から、ブラックホールの「エンジン」の姿を読み解いているのです。
意見:「一つの天体」から一般論へ広げられるかがカギ
私は、この研究のいちばんの価値は「X線と電波を同時に使った」点にあると考えます。X線は円盤や高温ガスの状態を、電波はジェットの形を得意としますが、別々の時期に観測するとブラックホールの状態が変わってしまい、比べにくいという弱点がありました。同時観測によって、円盤の途切れる場所とジェットの根元を一つの絵として結びつけられたことは、大きな前進です。
一方で、慎重に見るべき点もあります。今回の結果は3C120という一つのブラックホールについてのもので、すべての巨大ブラックホールが同じしくみでジェットを出しているとはまだ言えません。また、自転のエネルギーでジェットを動かす理論と「合っている」ことは示されましたが、それを決定づけるには、ほかの天体での観測や、より多くの時期のデータが必要でしょう。今後、XRISMと電波望遠鏡の同時観測がほかのブラックホールにも広がれば、「ジェットはなぜ出る天体と出ない天体があるのか」という次の謎にも答えが近づくと期待しています。
まとめ
- 日本のX線衛星XRISMと国際電波望遠鏡網が、約4億2000万光年先の巨大ブラックホール3C120を世界で初めて同時観測した
- 冷たいガスの円盤がブラックホール半径の約20倍で途切れ、内側の数億度の高温の流れからジェットが絞り出されている構造が見えてきた
- ブラックホールの自転エネルギーでジェットを動かす理論と合う結果で、1918年のジェット発見以来の謎の解明に一歩近づいた
- XRISMやEAVNなど、日本の観測装置が中心的な役割を果たした
「吸い込む天体」が「噴き出す天体」でもあるという不思議。ブラックホールの研究は、これからもっと面白くなりそうです。
【出典・参考】
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2026/10/item20261020-03-jet.html
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2026-10-20-1
https://arxiv.org/abs/2609.27057
https://www.lindahall.org/about/news/scientist-of-the-day/heber-curtis/
https://www.tohoku.ac.jp/en/press/first_image_black_hole.html
https://ntrs.nasa.gov/citations/20020039995
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