石器だけでは、ネアンデルタール人の暮らしの半分も見えていなかったのかもしれません。スペインの岩陰遺跡で、木でできた槍(やり)や棍棒(こんぼう)、皿のような道具の「形」が、約6万年前の姿のまま見つかりました。
2026年10月7日、スペインのカタルーニャ人類古生態・社会進化研究所(IPHES-CERCA)などの研究チームが、学術誌『サイエンス・アドバンシズ』に論文を発表しました。木の道具がこれほどまとまって見つかるのは、旧石器時代の遺跡としては極めて珍しいことです。
ニュース本体:木は消えても「型」が残った
遺跡は、バルセロナから内陸へ約50キロメートルのカペリャデスにある「アブリック・ロマニ」という岩陰(がけのくぼみを利用した住まい)です。1983年から40年以上にわたって発掘が続けられてきました。
この場所が特別なのは、石灰分を多く含む湧き水です。水の中の成分が木の道具を包み込んで固まり、「トラバーチン」(石灰華、石灰が積もってできた岩)になりました。中の木はやがて腐ってなくなりましたが、岩の中に道具の形をした空洞が残ったのです。研究者たちはその空洞に樹脂を流し込んで型を取り、3Dモデルもつくって、道具の形をよみがえらせました。
発表によると、16の地層から597点の木の遺物が見つかり、そのうち13点が人によって作られたり使われたりしたものでした。地層の年代はおよそ6万2000年前から4万年前です。
中でも目を引くのが、これまで発掘された中で最も古い地層から出てきた2本の槍です。1本は長さ2.45メートル、もう1本は1.99メートル分が残っていました。ほかにも、三角形の頭と約16センチメートルの持ち手をもつ棍棒、樹皮を平らにして焦がした長さ30〜55センチメートルほどの「お盆」のような道具4点、たき火の上に置かれていた棒(最も長いもので1.70メートル)、長さ約1メートルの「掘り棒」2本が確認されました。5つの炉のそばからは、枝の跡のない長さ5.10メートルの長い棒も見つかり、風よけや小屋の骨組みだった可能性が考えられています。
たき火に使われた燃料も分かってきました。遺跡の炭の9割以上はヨーロッパアカマツで、長さ7メートルを超える薪(まき)もあったと報告されています。ネアンデルタール人は、道具用と燃料用に木を使い分けながら、この岩陰で火を囲んで暮らしていたようです。
研究チームのジョゼップ・バイベルドゥ氏は「ネアンデルタール人の技術は石よりはるかに広かった」と語り、ロンドン自然史博物館のクリス・ストリンガー氏は、今回の成果を「氷山の一角」と表現しています。
独自リサーチ:木の道具はなぜ「幻」だったのか
木や皮、植物の繊維は、ふつうは数千年もたてば土の中で分解されてしまいます。そのため旧石器時代の研究は、どうしても残りやすい石器や骨が中心になってきました。木の道具の発見は、ごく限られた条件の遺跡でしか起こりません。
代表例が、ドイツのシェーニンゲンで1990年代に見つかった木の槍です。当初は約30万年前とされましたが、2025年に英国ヨーク大学などが、同じ地層のカタツムリのふたに含まれるアミノ酸を使って年代を測り直し、約20万年前だと発表しました。年代測定の技術が変わると、「最古」の評価も変わるのです。
さらに古い例では、アフリカ・ザンビアのカランボ滝で、少なくとも47万6000年前に意図的に組み合わされた2本の丸太が見つかり、2023年に『ネイチャー』で報告されました。木で何かを「組み立てる」行為は、私たちホモ・サピエンスが登場するよりずっと前から始まっていたことになります。
ドイツのレーリンゲンでは1948年に、約12万5000年前のゾウの肋骨の間から木の棒が見つかっており、2026年3月にはこれが槍だったとする研究も報じられました。今回のアブリック・ロマニの発見は、狩りの武器だけでなく、料理や住まいづくりといった「日常の木工」まで見えてきた点で、これらと一線を画しています。
日本への影響:日本の研究者も注目、身近な旧石器遺跡も
この成果には、日本の研究者もコメントを寄せています。スミソニアン誌の記事では、京都大学の森本直記准教授が、木のような有機物の発見はネアンデルタール人の隠れた一面を明らかにするものだと述べています。森本氏らは2026年7月、トルコの洞窟でネアンデルタール人とホモ・サピエンスの化石が同じ場所から見つかり、石器の作り方などを共有していたとする研究を米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表しており、日本からもネアンデルタール人研究が進められています。
日本にも、旧石器時代の「木」が残る遺跡があります。仙台市の富沢遺跡では、約2万年前の生活の跡が当時の森の跡とともに見つかり、地底の森ミュージアムで発掘されたままの状態で公開されてきました。ただし同館は2026年8月31日から2029年3月末まで改修のため休館中です。再開したら、今回のニュースと見比べてみるのも面白いでしょう。
意見:「石器の人」から「木工職人」へのイメージ転換
今回の発見でいちばん大きいのは、ネアンデルタール人のイメージが「石を打ち欠く人」から「素材を選び、木を加工して暮らしを組み立てる人」へと広がったことだと考えます。お盆や炉の上の棒は、狩りの道具ほど目立ちませんが、食事や家事といった毎日の暮らしそのものを物語っています。
一方で、気になる点もあります。木そのものは残っていないため、どの道具がどの用途に使われたかは、形からの推測に頼る部分が大きいはずです。年代も地層ごとの幅があり、個々の道具が正確にいつ作られたかは今後の検証が必要でしょう。
それでも、「残らないものは、なかったことにされてしまう」という考古学の弱点を、自然がつくった型が補ってくれたのは大きな意味があります。今後、ほかの遺跡でも同じような空洞が見直されれば、ネアンデルタール人の暮らしの姿はさらに塗り替えられていくはずです。
まとめ
スペインのアブリック・ロマニ遺跡で、約6万2000〜4万年前のネアンデルタール人が使った木の槍や棍棒、お盆などの「型」が見つかりました。石灰の岩が木の形を写し取ったおかげで、これまで見えなかった日常の木工が明らかになりつつあります。私たちの祖先の「隣人」は、思っていたよりずっと器用な職人だったようです。
ネアンデルタール(レベッカ・ウラッグ・サイクス著、野中香方子訳/筑摩書房)
最新の研究をもとに、ネアンデルタール人の食事や道具、芸術、死者の扱いまでを描いた一冊です。今回の木工の発見を、彼らの暮らし全体の中に位置づけて読めます。
楽天市場で見る Amazonで見るネアンデルタール人は私たちと交配した(スヴァンテ・ペーボ著、野中香方子訳/文藝春秋)
2022年にノーベル生理学・医学賞を受けたペーボ氏が、ネアンデルタール人のゲノム解読の舞台裏を語った本です。私たちとネアンデルタール人の深いつながりが分かります。
楽天市場で見る Amazonで見る【出典・参考】
https://comunicacio.iphes.cat/spa/news/new/1174/category/1/noticias.html
https://doi.org/10.1126/sciadv.aeh2287
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/an-unprecedented-trove-of-ancient-wooden-tools-uncovered-at-a-rock-shelter-in-spain-show-neanderthals-were-skilled-woodworkers-180989668/
https://www.labrujulaverde.com/en/2026/10/neanderthal-wood-tools-almost-never-survive-a-spanish-cliff-has-preserved-spears-bowls-and-a-club-with-no-known-match/
https://archaeology.org/news/2026/10/12/impressions-of-wooden-neanderthal-tools-found-in-spain/
https://en.wikipedia.org/wiki/Abric_Roman%C3%AD
https://www.york.ac.uk/news-and-events/news/2025/research/age-schoningen-spears
https://news.liverpool.ac.uk/2023/09/20/archaeologists-discover-worlds-oldest-wooden-structure/
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2026-07-07
https://www.museum.or.jp/museum/837
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