中国・秦の始皇帝の墓を守る「兵馬俑(へいばよう)」。等身大の兵士の像がずらりと並ぶ姿は、屈強な職人たちが作り上げたものだと思われがちです。ところが、像の表面に残っていた約2200年前の「指紋」を調べたところ、制作には女性や子どもも関わっていた可能性が浮かび上がりました。
研究は、シャオシー・リー氏らのチームが学術誌『ジャーナル・オブ・カルチュラル・ヘリテージ(文化遺産学雑誌)』の2026年の巻に発表したもので、10月19日ごろから海外の考古学ニュースで相次いで紹介されています。
ニュース本体:79個の指紋から「作り手」を推定
チームが調べたのは、兵馬俑の1号坑のうち「T23」と呼ばれる区画です。ここには227体の像があり、そのうち36体から、はっきり読み取れる指紋79個が見つかりました。指紋の多くは腕や頭、よろいの部分、とくに粘土のパーツをつなぎ合わせた場所や、飾りを貼りつけた場所に残っていたといいます。兵馬俑は、頭・腕・脚・胴体を別々に作って組み立て、窯で焼き上げたものだからです。
手がかりにしたのは、指紋の「隆線(りゅうせん)」、つまり指先のしま模様1本1本の幅です。この幅は子どものうちは成長とともに広がり、大人では男性のほうが女性より広い傾向があります。チームは、隆線の幅と密度の関係も考えに入れた「ベイズ混合モデル」という統計の手法で、指紋の持ち主が大人の男性か、大人の女性か、15歳未満の子どもかを推定しました。
その結果、指紋のうち約45%が大人の男性、約33%が大人の女性、約22%が15歳未満の子どものものと推定されました。女性や子どもは、粘土の表面をならしたり、よろいの飾りを付けたり、熟練の職人を手伝ったりしていたのかもしれません。
ただし、研究チームも大事な注意点を挙げています。この割合は「指紋の割合」であって「働いていた人の割合」ではありません。1人が何個も指紋を残すこともあれば、まったく残さない人もいます。熟練の職人ほど自分の指紋をきれいに消していた可能性もあります。また、比べる基準のデータは現代のヨーロッパの人々のもので、古代中国の人々に当てはまるとは限らず、女性や子どもの割合を多めに見積もっている可能性があるといいます。調べたのも1つの区画だけです。
独自リサーチ:「指紋考古学」と70万人の大工事
兵馬俑は1974年、中国・陝西省で井戸を掘っていた農民によって偶然見つかりました。像の数はおよそ8000体と推定され、今も発掘が続いています。始皇帝は紀元前221年に中国を統一し、紀元前210年に亡くなりました。米国の科学誌『サイエンス・ニュース』によると、陵墓の建設には紀元前247年から210年にかけて、およそ70万人の職人や労働者が動員されたとされています。
作り手の手がかりは、これまでもいくつか見つかってきました。2017年に英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのパトリック・クイン氏らが学術誌『アンティクイティ』に発表した研究では、像の粘土を分析し、近くの土を使いながらも、像やれんがによって混ぜ物の「レシピ」が違うことを示しました。粘土を一か所で準備し、いくつもの工房に配っていたのではないかと考えられています。また秦では、作った人や監督した役人の名前を製品に刻む「物勒工名(ぶつろくこうめい)」という制度があり、兵器の銘文などから職人の名前が分かることもあります。
指紋から作り手の性別を探る方法は、ほかの地域でも使われています。2019年に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に載った研究では、アメリカ南西部にある約1000年前の先住民(祖先プエブロ)の村の土器のかけら985点を調べ、男女ともに土器づくりに関わっていたこと、その割合が時代や集団によって変わっていたことを明らかにしました。「土器づくりは女性の仕事」という思い込みをくつがえした研究です。今回の兵馬俑の研究は、逆に「大工事は男性の仕事」という思い込みに問いを投げかけた形です。
文字の記録とも矛盾しません。秦の時代の漆器の銘文には、大人の女性や少女・少年を指す言葉が出てくるとされ、古代中国の法律の文書からも、女性が国の労働に加わっていたことがうかがえます。
日本への影響:兵馬俑は日本でも人気、そして日本の土器にも指紋が
兵馬俑は日本でも根強い人気があります。2022年から翌年にかけては「兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~」展が京都・静岡・名古屋・東京を巡回し、高さ196cmの将軍俑が日本で初めて公開されるなど、約200点が展示されました。秦の時代を舞台にした原泰久さんの漫画『キングダム』の大ヒットもあり、「誰が兵馬俑を作ったのか」という問いは、多くの日本人にとっても身近なテーマです。
もう一つ注目したいのは、日本にも粘土で作られた文化財がたくさんあることです。縄文土器や土偶、古墳時代の埴輪にも、作った人の指の跡が残っているものがあります。今回のような統計的な手法と、日本人の指紋の基準データを組み合わせれば、「縄文土器や埴輪は誰が作ったのか」に新しい光を当てられるかもしれません。
意見:数字の「強さ」より「問いの新しさ」に価値がある
私は、この研究の価値は「女性が33%」という数字そのものより、歴史の教科書に名前が残らない人々の姿を、指先の跡から探ろうとした点にあると考えます。巨大な建造物の歴史は、どうしても皇帝や設計者の物語になりがちです。指紋は、実際に粘土に触れた一人ひとりの「署名」のようなものです。
一方で、この数字をそのまま「兵馬俑の3割は女性が作った」と受け取るのは早すぎます。基準データが現代ヨーロッパの人々であること、1区画だけの調査であることを考えると、今後は古代中国の人々に近い基準データを整え、ほかの坑や区画にも調査を広げることが欠かせません。研究チーム自身もそれを提案しています。結論を急がず、続報を待つ姿勢が大切だと思います。
まとめ
兵馬俑の1号坑T23区画に残る79個の指紋を分析したところ、大人の男性だけでなく、女性や15歳未満の子どもも制作に関わっていた可能性が示されました。割合は指紋のもので、基準データにも限りはありますが、約2200年前の名もない作り手たちの姿に近づく新しい手がかりです。日本の土器や埴輪にも、同じような「物語」が眠っているかもしれません。
人間・始皇帝(岩波新書)
始皇帝の研究で知られる鶴間和幸さんが、最新の発掘成果や出土文字資料をもとに始皇帝の実像に迫った一冊です。兵馬俑がつくられた時代の背景を知るのに役立ちます。
【出典・参考】
https://arkeonews.net/women-and-children-may-have-built-chinas-famous-terracotta-army/
https://greekreporter.com/2026/10/19/fingerprints-china-terracotta-army/
https://doi.org/10.1016/j.culher.2026.09.014
https://www.sciencenews.org/article/china-terra-cotta-army-clay
https://m.gmw.cn/2023-03/19/content_1303313031.htm
https://digitalcommons.unf.edu/unf_faculty_publications/862
https://www.afpbb.com/articles/-/3398675
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