科学

タコはなぜ賢い?カギはDNAの「立体的な折りたたみ」

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瓶のふたを開け、迷路を抜け、ときには水槽から脱走までしてしまうタコ。背骨のない動物なのに、なぜここまで賢いのでしょうか。その謎を解くカギが、遺伝子の「中身」ではなく、DNAの「折りたたみ方」にあるかもしれない——そんな研究が発表されました。

オーストリアのウィーン大学を中心とする研究チームは、2026年10月9日、学術誌『Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)』に、タコやイカの仲間のゲノム(全遺伝情報)が立体的にどう折りたたまれているかを調べた論文を発表しました。この記事では、研究の中身に加えて、タコのゲノム研究に日本の沖縄が深く関わってきた歴史や、「賢いタコを食べてもいいのか」という世界の議論も紹介します。

ニュース本体:DNAの「立体配置」が組み替わっていた

私たちの細胞の中のDNAは、1本の長いひもとして伸びているわけではなく、毛糸玉のように複雑に折りたたまれています。この折りたたみ方によって、離れた場所にある遺伝子どうしが近づいたり、スイッチ役の部分(調節領域)が別の遺伝子に作用したりします。つまり、同じ遺伝子を持っていても、折りたたみ方が違えば、働き方が変わるのです。

研究チームは、タコ・イカ・コウイカの仲間(頭足類のうち「鞘形類(しょうけいるい)」と呼ばれるグループ)のゲノムの立体構造を、種類・体の組織・成長段階ごとに比較しました。その結果、数億年前に、ゲノムの大きなかたまりが比較的短期間で大きく組み替わり、もともと離れていた領域どうしが立体的に接するようになっていたことが分かりました。

研究チームはこの現象を「調節のもつれ(regulatory entanglement)」と名づけています。特に、DNAが小さな輪をつくる「クロマチンループ」と呼ばれる構造が種や組織によって大きく変化しており、その多くが神経の発達や働きに関わる遺伝子の近くにありました。一方で、より大きな単位の「クロマチンドメイン」は長い進化の間も安定していたといいます。

筆頭著者のテア・ロジャース博士は「ゲノムは単なる遺伝子の並びではなく、複雑な三次元構造に折りたたまれています」と述べています。ただし研究チームは、この変化がタコの知能を直接生み出したと証明したわけではなく、「可能性のある仕組み」を示した段階だと慎重に説明しています。

独自リサーチ:タコのゲノム解読は沖縄から始まった

今回の論文の責任者の一人、オレグ・シマコフ博士(ウィーン大学)は、実は日本とゆかりの深い研究者です。2015年8月、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とアメリカのシカゴ大学、カリフォルニア大学バークレー校の共同チームが、頭足類として初めてタコ(カリフォルニア・ツースポットタコ)の全ゲノムを解読し、科学誌『Nature』の表紙を飾りました。このときOISTに所属し、論文の筆頭共著者を務めたのがシマコフ博士です。今回の論文には、2015年の研究を率いたシカゴ大学のクリフトン・ラグズデール氏らも名を連ねています。

OISTの発表によると、タコには約5億個の神経細胞(ニューロン)があり、その多くが8本の腕に分布しています。また、ゲノムのほぼ半分を「トランスポゾン(ゲノム内を移動できる遺伝子の断片)」が占めていることも分かりました。脳だけでなく腕でも「考える」ような体のつくりは、タコの大きな特徴です。

その後、ウィーン大学のチームは2022年に、タコやイカの染色体が他の動物と比べて大きく組み替わっており、頭足類にしかない新しい「遺伝子の近所づきあい」が神経などの新しい組織と関係していることを報告していました。今回の研究は、その「近所づきあい」が立体的にどう成り立っているのかまで踏み込んだ、いわば続編にあたります。沖縄で始まった研究が、10年以上かけてウィーンで実を結びつつあるのです。

日本への影響:「賢いタコ」と食卓の関係

タコの賢さが科学的に裏づけられるほど、避けて通れないのが「食べる側」の問題です。2021年11月には、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)が300以上の研究を分析し、タコなどが痛みや苦しみを感じうる「感覚を持つ存在」であるとする報告をまとめました。アメリカでは2024年にワシントン州がタコの養殖を規制する法律を成立させ、同年9月にはカリフォルニア州でタコの養殖と養殖タコの販売を禁止する法律が成立しています。

日本はたこ焼きや刺身、酢だこなど、タコを日常的に食べる国で、海外からの輸入にも頼っています。たとえば西アフリカのセネガルでは、JICA(国際協力機構)の協力で「たこつぼ漁」が導入され、2003年に約200個から始まったたこつぼが年間1万個を超える規模に広がったと報告されています。資源を守りながら獲る漁法の工夫は、日本とアフリカをつなぐ取り組みでもあります。動物福祉をめぐる海外の議論は、将来、輸入や養殖のルールを通じて日本の食卓にも影響する可能性があります。

意見:「賢さの理由」を知ることは、付き合い方を考えること

この研究のおもしろさは、「新しい遺伝子が増えたから賢くなった」という単純な話ではなく、「既存の遺伝子の配置換えで、使い方が変わったのかもしれない」という発想にあると考えます。同じ部品でも、組み立て方を変えれば別の機械になる。ヒトとはまったく別の道筋で高い知能を手に入れたタコは、「知能とは何か」を考えるうえで、地球上でもっとも身近な“宇宙人”といえるかもしれません。

一方で、研究はまだ「関連がある」という段階です。立体構造の変化が本当に神経の複雑さを生んだのかを確かめるには、今後、遺伝子の働きを実際に操作する実験などが必要になるでしょう。また、タコの賢さが注目されるほど、食文化と動物福祉のバランスについての議論は日本でも避けられなくなると予想します。科学の発見を、私たちの暮らし方を見直す材料として受け止める姿勢が大切ではないでしょうか。

まとめ

・ウィーン大学などのチームが、タコやイカの仲間のゲノムが数億年前に立体的に大きく組み替わっていたことを発表しました。
・組み替えで生まれた新しい「つながり」の多くは、神経に関わる遺伝子の近くにありました。
・タコのゲノム研究は、2015年に沖縄のOISTなどが初めて全ゲノムを解読したところから大きく進みました。
・タコの知能への理解が深まるにつれ、養殖規制など動物福祉の議論も世界で広がっています。

次にたこ焼きを食べるとき、その材料が「別ルートで進化した知性」を持つ生き物だと思い出すと、少し違った味わいがするかもしれません。

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【出典・参考】
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/10/261011211552.htm
https://doi.org/10.1038/s41467-026-77625-7
https://thedebrief.org/?p=53374
https://oist.jp/sites/default/files/img/press-releases/20150811_octopus/OIST%20Press%20Release_20150813_Octopus%20Genome_ja.pdf
https://medienportal.univie.ac.at/en/media/recent-press-releases/detailansicht-en/artikel/how-octopuses-and-squid-have-broken-away-from-the-previously-known-pattern-of-evolution
https://www.americanbar.org/groups/international_law/resources/newsletters/stopping-octopus-farming-before-it-starts/
https://a44.asmdc.org/news/20240930-california-governor-signs-octopus-farming-ban-law
https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1601/ku57pq00001qsf23-att/03.pdf

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