宇宙

火星の砂ぼこりは宇宙服から落ちない?パーサヴィアランス4年の記録

  • 公開
  • 読了約6分

いつか人が火星に降り立つとき、いちばん手ごわい相手は、意外にも「砂ぼこり」かもしれません。NASAの火星探査車(ローバー)パーサヴィアランスが、4年以上かけて宇宙服の素材に付いた火星のちりを調べた結果を発表しました。とても細かい粒は、どれだけ走り回っても素材にくっついたまま離れなかったのです。

ニュース本体:宇宙服の切れ端で「ちり」を測った

NASAは2026年10月26日、パーサヴィアランスの観測結果を発表しました。論文は10月27日付でアメリカの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載される予定とされ、筆頭著者はアメリカのワシントン大学セントルイス校のスコット・ヴァンボメル氏です。

パーサヴィアランスには、宇宙服に使われる素材の小さな切れ端(それぞれ20ミリ四方)が、機器の「校正用ターゲット」に取り付けられています。校正用ターゲットとは、観測装置が正しく測れているかを確かめるための見本の板のことです。研究チームは、X線で物質の成分を調べる装置「PIXL(ピクセル)」を使い、1,645火星日(1火星日は約24時間40分)にわたって、この切れ端に積もるちりを観測しました。

その結果、これまでの火星探査ではおよそ3マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの1000分の1)までしか見分けられなかったちりよりも、さらに細かい粒が見つかりました。2.5マイクロメートルより小さい「微小粒子」と、約100ナノメートル(1ミリの1万分の1)ほどの「超微小粒子」です。2.5マイクロメートル以下といえば、日本でもおなじみの大気汚染の指標「PM2.5」と同じくらいの細かさです。

注目すべきは、こうした細かい粒が、何年にもわたる走行や岩石の掘削(ドリル作業)の振動を受けても、素材から落ちなかったことです。研究チームは、静電気がどの大きさの粒がどの素材にくっつくかを決めているとみています。テフロンのような樹脂素材は細かいちりを集めやすい一方で、ちりが付きにくい素材もありました。

ちりの成分は、鉄と硫黄が多いという、これまでの探査と同じ特徴を示しました。さらにPIXLは、リンが多く含まれていることや、硫酸カルシウムの手がかりも見つけています。月のちりと比べると、火星のちりは丸みがあって削る力は弱いものの、硫黄・塩素・鉄が多いという違いがあります。

独自リサーチ:アポロの宇宙飛行士は「月の花粉症」に

実は、宇宙のちりに悩まされた先輩がいます。1972年のアポロ17号で月面を歩いた地質学者のハリソン・シュミット氏です。アメリカの公共ラジオNPRの取材によると、月のちりは宇宙服や道具にこびりつき、ヘルメットのバイザーに傷をつけ、着陸船の中にまで持ち込まれました。シュミット氏はヘルメットを脱いだあと鼻づまりを起こし、「月のちりの花粉症」になったと語っています。ちりは火薬のようなにおいがし、煙のように船内をただよったそうです。

月には大気がなく、ちりが風や水で丸く削られることがないため、ガラスのかけらのようにとがっているといわれます。いっぽうNASAによると、火星のちりは月のちりより丸みを帯びています。今回「火星のちりは月より削る力が弱い」と分かったのは、宇宙服の設計にとっては少し明るい知らせです。ただし、細かい粒が素材から落ちにくく、居住空間に持ち込まれやすいという別の問題がはっきりしました。

NASAによると、細かい粒子は肺の奥まで入りこみ、超微小粒子は鼻から嗅覚の神経を伝って脳に届くこともあります。さらに火星のちりには、甲状腺の働きを乱すおそれがある「過塩素酸塩」や、細胞を傷つける可能性がある反応しやすい鉄が含まれています。どれだけ危険かは、吸いこむ量と時間しだいと考えられています。

ちなみに、この「宇宙服の切れ端」は打ち上げ前から計画されていたものです。宇宙ニュースサイトのスペース・ドットコムによると、2020年7月の打ち上げ前、別の観測装置「SHERLOC(シャーロック)」の校正用ターゲットに、ヘルメットのバイザーに使うポリカーボネートや、手袋の手のひらに使うベクトランなど、5種類の宇宙服素材が取り付けられました。火星の環境で素材がどう変化するかを調べるためです。6年前に仕込んだ小さな切れ端が、いま有人探査の役に立つデータを生み出しているのです。

日本への影響:月面を走る日本のローバーにも関係

この研究は、日本にとっても他人ごとではありません。2024年4月9日、文部科学省とNASAは、日本が月面を走る「与圧ローバ」(宇宙服を脱いで中で過ごせる、車のような移動基地)を提供・運用し、そのかわりにNASAがアルテミス計画で日本人宇宙飛行士に2回の月面着陸の機会を提供する取り決めに署名しました。

ローバーの中に人が出入りするとき、宇宙服に付いたちりをどう持ちこまないかは、大きな課題になるはずです。NASAは、宇宙服を車体の外側に取り付けたまま背中から出入りする「スーツポート」や、2つの部屋に分かれたエアロックといった設計を、ちり対策の候補として挙げています。火星のちりと月のちりは性質がちがうものの、「細かい粒ほど素材に残りやすい」という今回の知見は、月で使う装備を考えるうえでも参考になるでしょう。

意見:火星の第一の敵は「放射線」だけではない

私は、この研究の価値は「地味だけれど欠かせない問題」に、実際の火星のデータで答えた点にあると考えます。有人火星探査というと、放射線や長い旅のことがよく話題になります。しかし、毎日の船外活動のたびに宇宙服へ付き、基地の中に入りこむ砂ぼこりは、何百日も続く滞在のなかで少しずつ効いてくる問題です。

一方で、注意したい点もあります。今回の観測は、探査車に付けた小さな切れ端によるもので、実際の宇宙服を人が着て動いたときと同じとはかぎりません。人の動きや、ちりを払う作業によって結果は変わるかもしれません。それでも、「どの素材が、どの大きさのちりを集めやすいか」が分かったことで、ちりが付きにくい素材を選ぶという、具体的な対策につながるはずです。今後、月面での有人探査で得られるデータと組み合わせることで、火星に向けた備えはさらに進むと予想します。

まとめ

NASAの探査車パーサヴィアランスが、宇宙服の素材に積もった火星のちりを1,645火星日にわたって調べ、PM2.5より細かい粒が何年たっても素材から落ちないことを明らかにしました。静電気がくっつき方を左右しているとみられ、火星のちりには過塩素酸塩なども含まれます。アポロの宇宙飛行士を悩ませた月のちりに続き、火星でも砂ぼこりとの付き合い方が、有人探査の成功を左右しそうです。

火星の歩き方

火星の地形や環境、探査の歴史を分かりやすく紹介する新書です。パーサヴィアランスが走るジェゼロ・クレーターなど、今回のニュースの舞台を知るのに役立ちます。

火星の歩き方 (光文社新書) [ 臼井寛裕 ]楽天市場で見る Amazonで見る

火星儀(火星の地球儀)

火星の大きな火山や峡谷を立体的にながめられる火星儀です。探査車がどのあたりで活動しているのかを、家族で確かめてみるのも楽しいでしょう。

渡辺教具製作所 地球儀 火星儀 MY No.2609 (木台)楽天市場で見る Amazonで見る

【出典・参考】
https://www.nasa.gov/missions/mars-2020-perseverance/nasas-perseverance-offers-clues-to-protect-crews-from-mars-dust/
https://www.space.com/mars-rover-perseverance-spacesuit-samples.html
https://www.jpl.nasa.gov/images/pia24261-sherlocs-calibration-target-aboard-the-perseverance-mars-rover/
https://www.npr.org/2007/01/22/6907833/nasas-big-chore-dusting-on-the-moon
https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2024/20240409_3.html

この記事へのコメントはまだありません

感想や質問を送る

感想や質問を送る

メールアドレスは公開されません。コメントは確認後に表示されます。

CAPTCHA