私たちは眠っているあいだ、浅い眠りと深い眠りを何度もくり返しています。浅い眠りのときには目がキョロキョロと動き、夢を見ていることが多いといわれます。では、クモはどうでしょうか。ドイツの研究チームが、クモにも人と同じように「2種類の眠り」があることを示す、新しい証拠を発表しました。
ニュース本体:ハエトリグモに「2段階の睡眠」
発表したのは、ドイツのボン大学の研究チームです。論文は2026年、アメリカの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」第123巻45号に「クモにおける2段階睡眠の行動学的証拠」という題で掲載されました。研究チームにはダニエラ・レスラー氏らが名を連ねています。
研究の主役は、オーストラリアにすむハエトリグモの一種「ポーシャ・フィンブリアータ(Portia fimbriata)」です。ハエトリグモは網を張らず、歩き回って獲物に飛びかかるクモのなかまです。このクモは大人になると1ユーロ硬貨ほどの大きさで、ほかのクモを狩ることで知られています。網に獲物がかかったときの振動をまねて、相手のクモをおびき寄せることもあります。
研究チームは、クモを1匹ずつ直径12センチのプラスチック容器に入れ、明るさの条件を変えながら、何日もの昼と夜にわたって行動を撮影しました。夜は赤外線カメラを使い、光を当てずに記録しています。さらに、音の刺激を与えてどれだけすばやく反応するかを調べ、「ただじっと休んでいる状態」と「眠っている状態」を区別しました。わざと眠りを妨げたあとに、眠りが増える「睡眠のリバウンド」が起きるかどうかも確かめています。
その結果、クモの眠りには2つの段階があることが分かりました。そのうち一つは、人のレム睡眠(夢を見やすい浅い眠り)に似ていて、目の動きや筋肉のピクピクとした動きが見られました。眠りを妨げると眠りが増えることから、単なる休憩ではなく、体の中でコントロールされた本物の「睡眠」だと考えられます。ただし、今回は脳の活動を測ったわけではなく、行動から判断したものです。研究チームも、レム睡眠に似た動きがあるからといって、クモが夢を見ているかどうかまでは分からないとしています。
独自リサーチ:4年前の「夢を見るクモ?」の続き
実はこの研究には前段があります。ナショナルジオグラフィックによると、2022年8月、当時ドイツのコンスタンツ大学にいたレスラー氏らは、別のハエトリグモ(エヴァルカ・アルクアータ)の赤ちゃんを使った研究をPNASに発表しました。生まれて10日たたない赤ちゃんグモは頭の殻に色素がなく、中の目の網膜が透けて見えます。ハエトリグモは、網膜を筋肉で動かして周りを見ています。夜に観察すると、約20分ごとに約77秒間、網膜がすばやく動く時間があり、そのとき脚を丸めたり伸ばしたりする動きも見られました。
ただ、このときは「その休んでいる状態が本当に睡眠なのか」はまだ証明されていませんでした。そのためには、起こしにくくなっていることや、眠りを奪われたあとにリバウンドが起きることを示す必要があったのです。今回の研究は、まさにその課題に取り組んだものといえます。
今回のポーシャ属のクモは、「頭のいいクモ」としても有名です。科学誌Knowable Magazineによると、その脳はケシの種ほどの大きさしかありませんが、遠くの獲物を見つけると、いったん獲物から遠ざかる回り道まで計画して近づくことができます。ニュージーランドのカンタベリー大学のロバート・ジャクソン氏らが、こうした狩りの戦術を数多く記録してきました。
「脳の小さな生き物も眠る」という研究は、ほかにもあります。2017年には、アメリカのカリフォルニア工科大学のチームが、脳を持たないサカサクラゲのなかまにも睡眠に似た状態があると「カレント・バイオロジー」誌に発表しました。2023年には沖縄科学技術大学院大学(OIST)のチームが、タコにも2段階の眠りがあり、「活動的な睡眠」が約1時間に1回、約1分間あらわれることを「ネイチャー」誌で報告しています。今回のクモは、陸の小さな節足動物にも同じような2段階の眠りがあることを示した点で、この流れに新しい一例を加えました。
日本への影響:家の中の小さな同居人
ハエトリグモは、日本人にとっても身近な生き物です。世界では約5000種が知られ、日本にも80〜100種ほどがいるとされます。関東の家の中ではミスジハエトリ、関西ではアダンソンハエトリなどがよく見られます。壁をぴょんぴょんと歩く小さなクモを見かけたことがある人も多いでしょう。あのクモも、夜になると2種類の眠りをくり返しているのかもしれません。
研究チームは今後、夜の人工的な光(光害)や気候変動が、クモなど節足動物の眠りにどんな影響を与えるかも調べたいとしています。夜でも明るい場所が多い日本の都市は、こうした研究の大切なフィールドになりえます。
意見:「眠り」の起源は思ったよりずっと古いのかもしれない
私は、この研究のいちばんの面白さは「眠りは、いつ、何のために生まれたのか」という大きな問いにつながる点にあると考えます。人、タコ、クモは、進化の上ではとても遠い親戚です。それなのに、どれも「2段階の眠り」を持っているとすれば、それぞれが別々に同じしくみを手に入れたのか、それとも共通の祖先の時代から眠りの基本形があったのか、どちらの可能性も考えられます。
一方で、「クモも夢を見る」と言い切るのはまだ早いでしょう。今回の研究は行動の観察によるもので、脳の中で何が起きているのかは分かっていません。それでも、ケシの種ほどの脳でも複雑な狩りの計画を立てるクモに、記憶の整理などのために眠りが必要だとしたら、とても興味深いことです。眠りと賢さの関係を調べる続報に注目したいと思います。
まとめ
ボン大学の研究チームが、ハエトリグモの一種ポーシャ・フィンブリアータに、人のレム睡眠に似た段階を含む「2段階の睡眠」があることを、行動の観察から示しました。眠りを妨げるとリバウンドが起きることから、本物の睡眠と考えられます。クラゲやタコに続き、クモでも見つかった「眠り」の不思議。家の壁にいる小さなハエトリグモを見かけたら、少しやさしい目で見てあげたくなる研究です。
【出典・参考】
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/10/261026225555.htm
https://doi.org/10.1073/pnas.2618030123
https://www.nationalgeographic.com/animals/article/jumping-spiders-dream-rem-sleep-study-suggests
https://knowablemagazine.org/article/mind/2021/are-spiders-intelligent
https://www.hhmi.org/node/1564
https://www.azolifesciences.com/news/20230629/Study-Examines-Neural-Activity-and-Wake-Like-Skin-Patterning-of-Octopus-During-Their-Sleep.aspx
https://kotobank.jp/word/%E3%81%AF%E3%81%88%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%90%E3%82%82-3163253
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