歴史

1500年前の「巫女」の埴輪が出土 群馬・西上之宮遺跡で初公開へ

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古墳に並べられた素焼きの人形「埴輪(はにわ)」。その中でも、神に祈りをささげる女性「巫女(みこ)」をかたどった、およそ1500年前の埴輪が群馬県で見つかりました。「古墳王国」「埴輪王国」と呼ばれる群馬の中でも、早い時期に作られた人物の埴輪の一つとみられ、10月28日から初めて一般に公開されます。

ニュース本体:襷をかけた巫女、頭から胴まで残る

群馬県が10月21日に発表したところによると、埴輪が見つかったのは伊勢崎市西上之宮町にある「西上之宮遺跡」です。ここでは利根川の河川改修工事に合わせて、公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団が令和2年度(2020年度)から発掘調査を続けてきました。これまでに11基の古墳が見つかっています。

人物埴輪が出土したのは、そのうちの「1号古墳」です。この古墳からは、舟の形をした石の棺(舟形石棺)の一部も見つかっており、古墳群の中心となる古墳だったと考えられています。埴輪は、襷(たすき)をかけた巫女を表したもので、頭から胴体までが残っていました。作られた時期は5世紀後半、いまから約1500年前です。

海外の考古学ニュースサイト「HeritageDaily」は、読売新聞の報道をもとに、さらに詳しい様子を伝えています。それによると、埴輪の高さは約41センチ。「古墳島田(こふんしまだ)」と呼ばれる、粘土のひもで表した髷(まげ)を頭の上に結った髪形をしていて、右の手首には腕輪、左手には祭りに使ったとみられる棒のようなものを持っています。顔や襷、腕輪には赤い顔料の跡が残り、本来下にあった円筒形の台の部分は失われています。古墳の南の端で、墳丘から周りの堀(周堀)に転げ落ちたような状態で見つかったといいます。

埴輪は、10月28日(水)から1か月間、渋川市北橘町にある群馬県埋蔵文化財調査センターの「発掘情報館」2階展示室で公開されます(土曜日は休館)。同じ日に開かれる「公開普及デー」に合わせた初公開です。なお、発掘現場の一般公開は予定されていません。

独自リサーチ:有名な「群馬の巫女たち」より古い?

群馬県には1万3千基以上の古墳が確認されているとされ、埴輪の国宝も2件あります。一つは太田市から出土した「挂甲武人埴輪(けいこうぶじんはにわ)」、もう一つは高崎市の綿貫観音山古墳の埴輪です。2024年には、挂甲の武人の国宝指定50周年を記念して、東京国立博物館で特別展「はにわ」が開かれ、全国から約120件の作品が集まりました。

巫女の埴輪でも、群馬には有名な例があります。太田市の「塚廻り古墳群」からは、昭和52年(1977年)の発掘で、大刀を持つ巫女や坏(つき)という器をささげる巫女などがまとまって見つかり、昭和60年(1985年)に国の重要文化財に指定されました。3号墳の「椅子に座り坏を捧げる巫女」は高さ68.9センチで、島田髷を結い、鈴が6つ付いた鏡を腰に下げています。ただし、この古墳群は6世紀の中ごろから後半のものとされています。

また、大泉町古海(ふるみ)から出土した重要文化財「埴輪 腰かける巫女」(高さ68.5)は、6世紀前半のものと考えられています。豪華な首飾りや腕輪、両肩にかけた襷、祈りの道具とみられる鏡などから、祭りで中心的な役割を担った身分の高い女性だと考えられています。

こうして並べてみると、今回の西上之宮遺跡の巫女は5世紀後半と、これらの「有名な群馬の巫女たち」よりも一時代ほど古い可能性があります。HeritageDailyも、群馬県で見つかった人物埴輪の中で最も早い時期のものの一つだと伝えています。群馬で人物埴輪が花開く前の、いわば「初期の姿」を伝える資料といえそうです。

ちなみに、埴輪が巫女だと見分ける手がかりには、額に表された櫛、胸にかけた襷、島田髷と呼ばれる髪形、器や祭りの道具をささげる姿などがあると、群馬県の資料で紹介されています。今回の埴輪も、襷や髪形、手に持った棒状のものが、その手がかりになっています。

日本への影響:工事の陰で守られる「地域の記憶」

今回の発見は、利根川の河川改修という、私たちの暮らしを水害から守る工事に伴う発掘調査から生まれました。日本では、道路や河川などの工事で遺跡が壊れてしまう前に発掘し、記録を残す調査が各地で行われています。完成すれば見えなくなる場所から、1500年前の人々の祈りの姿が現れたことになります。

また、西上之宮遺跡ではすでに11基の古墳が見つかっています。今回の巫女の埴輪が、ほかの古墳の埴輪とどのような関係にあるのかが分かれば、5世紀の群馬で、だれがどのように祭りを行っていたのかを知る手がかりになるかもしれません。地元の新しい「顔」として、地域の歴史への関心を高めるきっかけにもなりそうです。

意見:小さな巫女が語る「最初の一歩」に注目したい

私は、この埴輪の魅力は「古さ」と「表情の細かさ」の両方にあると思います。有名な塚廻り古墳群の巫女が6世紀のものであるのに対して、今回の巫女は5世紀後半です。人物を表す埴輪が群馬でどのように始まり、どう華やかになっていったのか。その「最初の一歩」を考えるうえで、貴重な比較の材料になるはずです。赤い顔料まで残っているというのも、当時の色づかいを想像させてくれます。

一方で、「巫女」という呼び名は、襷や髪形などから研究者が推定したものです。当時の人々が実際にどんな役割の女性を表したのかは、まだ想像の部分もあります。また、高さや出土の状況など、細かい内容は報道によるもので、今後まとめられる発掘調査報告書を待つ必要があります。

それでも、工事のための発掘から、名前も残っていない女性の祈りの姿がよみがえり、すぐに私たちが見に行ける形で公開されるのは、とても素敵なことだと考えます。

まとめ

群馬県伊勢崎市の西上之宮遺跡1号古墳から、襷をかけた巫女を表す人物埴輪が見つかりました。5世紀後半、約1500年前のもので、報道によると高さは約41センチ。県内でも早い時期の人物埴輪の一つとみられ、6世紀の有名な巫女の埴輪と比べることで、群馬の埴輪文化の始まりを探る手がかりになりそうです。10月28日から1か月間、渋川市の群馬県埋蔵文化財調査センター発掘情報館で初公開されます。

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【出典・参考】
https://www.pref.gunma.jp/site/houdou/779767.html
https://www.heritagedaily.com/2026/10/1500-year-old-female-shaman-figurine-discovered-in-japan/159781
https://www.city.ota.gunma.jp/uploaded/attachment/10771.pdf
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/506231
https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/11238.pdf
https://gunma-kanko.jp/features/165
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/haniwa-tokyo-national-museum-report-202410

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