同じ教室で同じように英語を勉強しているのに、発音がすぐに上手になる人と、なかなか上達しない人がいます。その差は「努力の量」だけで決まるのでしょうか。東北大学などの研究チームが、英語の母音を学んでいる最中の脳の働きを調べたところ、「耳のよさ」によって脳の使い方そのものが違うらしい、という結果が出ました。
研究は、東北大学大学院国際文化研究科の鄭嫣婷教授と斎藤一弥(さいとう・かずや)国際卓越教授らが、イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)、早稲田大学と共同で行ったもので、心理学の学術誌『Journal of Experimental Psychology: General』に2026年10月13日に掲載され、10月21日に東北大学が発表しました。
ニュース本体:英語の母音を学ぶ脳をのぞいてみた
研究に参加したのは、日本人の英語学習者67人(大学生)です。チームはまず、一人ひとりの「聴覚精度」を測りました。聴覚精度とは、音の高さや長さ、響きといったごくわずかな違いを聞き分ける、言葉に限らない基本的な耳の力のことです。
そのうえで、参加者にfMRI(機能的磁気共鳴画像法。血液の流れの変化から、脳のどこが働いているかを画像にする方法)の装置の中で、英語の母音を学んでもらいました。使われたのは、日本語にはない2つの母音「/æ/」と「/ʌ/」です。/æ/は「cat」の「a」、/ʌ/は「cup」の「u」のような音で、日本語ではどちらも「ア」に聞こえやすい音です。比べるために、これらと音の特徴をそろえた、言葉ではない人工的な信号音も聞いてもらいました。
注目したのは、発音するときの口や舌の動きに関わる「左感覚運動ネットワーク」と呼ばれる脳の領域(左の中心前回や島回など)です。結果は次のとおりでした。
聴覚精度が高い学習者は、英語の母音を聞いているとき、このネットワークにあまり頼っておらず、言葉ではない信号音を聞いているときに近いパターンを示しました。つまり、英語の音を「すぐに言葉として処理する」のではなく、まず「音そのもの」として細かく分析している可能性があります。
反対に、聴覚精度が低い学習者ほど、このネットワークが強く働いていました。研究チームは、英語の音を聞いた瞬間に、日本語の母音とその発音の仕方を強く思い浮かべ、母語の「口の動きのパターン」に当てはめて理解しようとしている可能性があるとみています。
この脳の活動の強さと聴覚精度のあいだには、はっきりした関係(相関係数r=0.545)が見られました。また、聴覚精度の違いだけで、英語の母音テストの成績の個人差のおよそ40.6%を説明できたといいます。
独自リサーチ:「耳の力」はいつから注目されてきた?
共同研究者の斎藤教授は、以前から「聴覚の力」が外国語の発音の上達を左右すると考えてきた研究者です。たとえば2020年に学術誌『Applied Psycholinguistics』に発表した研究では、中国語を母語とする大人の英語学習者30人を、イギリス留学中の8か月間追いかけました。その結果、音の響きの違い(専門的には「フォルマント」と呼ばれる、母音の聞こえ方を決める成分)を細かく聞き分けられる人ほど、一つひとつの音や単語のアクセントの正確さが伸びていました。
ただし、この研究は「話した結果」を見たものでした。今回は一歩進めて、学んでいる最中の脳の中で何が起きているのかを、脳画像で直接とらえた点が新しいところです。
もう一つ、背景として知っておきたいのが、赤ちゃんの研究です。アメリカの心理学者パトリシア・クール博士らの研究では、アメリカの赤ちゃんは生後6か月から12か月のあいだに、英語の「r」と「l」の聞き分けがはっきり上達することが示されています。一方でクール博士は、日本の子どもはこの時期を過ぎるとrとlを区別する力を失っていく、と説明しています。生後半年ほどを過ぎると、脳が「母語に必要な音の区別」に特化していく現象で、「知覚の狭まり」と呼ばれます。
今回の研究で、聴覚精度が低い人ほど日本語の母音に引き寄せられていたという結果は、この「母語のフィルター」が大人になっても強く働き続けている様子を、脳の働きとして映し出したものとも読めます。
日本への影響:英語教育の「量」だけでは足りない?
日本の英語教育は、長年「どうすれば話せるようになるか」が課題になってきました。文部科学省の令和7年度「英語教育実施状況調査」によると、中学3年生でCEFR A1レベル相当以上の力がある生徒は54.6%、高校3年生でCEFR A2レベル相当以上の生徒は52.4%でした。国の計画では、どちらも60%以上を目標にしていますが、まだ届いていません。
英語に触れる時間を増やす取り組みは小学校から進んでいます。しかし今回の研究チームは、外国語学習がうまくいくかどうかは、触れる「量」だけでなく、一回一回の音を脳がどう処理するかという「質」にも左右される可能性がある、と指摘しています。チームは今後、音の細かな違いをとらえる力を直接鍛える「言語・聴覚トレーニング」を開発し、言語の力、聴く力、脳の働きの3つの面から効果を確かめる計画です。もし効果が確かめられれば、学校の授業や英会話の練習方法にも新しい選択肢が生まれるかもしれません。
意見:「耳のよさ」は才能で終わらせない方がいい
私は、この研究の一番の価値は、「発音のセンスがある・ない」という、これまでぼんやり語られてきた差に、脳の働きという具体的な手がかりを与えたことだと思います。「耳がいい人は、英語の音を日本語のカタカナに置きかえる前に、音そのものを聞いている」という説明は、英語学習で苦労した経験のある人ほど、思い当たるところがあるのではないでしょうか。
一方で、注意も必要です。参加者は日本人の大学生67人で、学んだ母音は2つだけです。また、見つかったのは「関係がある」ということで、聴覚精度が高いから脳の使い方が変わるのか、その逆なのかまでは、まだ分かりません。「耳がよくないから外国語は向いていない」と決めつける材料にするのは早すぎます。
むしろ私は、チームが計画しているトレーニングの結果に期待しています。聴覚精度が練習で伸ばせるなら、「耳のよさ」は生まれつきの才能ではなく、鍛えられる技能になります。英語の音をすぐに日本語に当てはめず、「まず音として聞いてみる」という意識だけでも、今日から試せる工夫かもしれません。
まとめ
東北大学などのチームは、日本人の英語学習者67人の脳をfMRIで調べ、音を細かく聞き分ける力(聴覚精度)が高い人ほど、英語の母音を日本語の発音パターンに頼らず「音そのもの」として処理している可能性を示しました。聴覚精度は母音テストの成績の差の約4割を説明していました。外国語の上達には、触れる量だけでなく、一回一回の音の聞き方も関わっていそうです。今後、聴く力を鍛えるトレーニングの効果が確かめられるかどうかに注目です。
外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か(白井恭弘)
大人になってから外国語を学ぶとき、何が上達を左右するのかを研究の成果からやさしく解説した新書です。今回の「耳の力」の話を、第二言語習得の研究全体の中で位置づけて理解できます。
言語の本質(今井むつみ・秋田喜美)
子どもはどうやって言葉の音と意味を結びつけていくのかを、認知科学の立場から解き明かした本です。赤ちゃんが母語の音に特化していく話と合わせて読むと、今回の研究がより面白くなります。
【出典・参考】
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2026/10/press20261021-01-auditory.html
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv_press20261021_web01_auditory.pdf
https://doi.org/10.1037/xge0001991
https://www.cambridge.org/core/journals/applied-psycholinguistics/article/abs/domaingeneral-auditory-processing-determines-success-in-second-language-pronunciation-learning-in-adulthood-a-longitudinal-study/F5F2BB4E9F2AA771EB2DD7184E406E86
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4156768
https://miashs-www.u-ga.fr/prevert/SpecialiteSC/FichiersPDF/articles/Kuhl_etal_2008.pdf
https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1415043_0007.htm
https://www.mext.go.jp/content/20260618-mxt-kyouiku01-000050518_1.pdf
この記事へのコメントはまだありません
感想や質問を送る