歴史

725km離れて眠るきょうだい 古代DNAが語るローマ時代のスペイン

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今から約1600年前、ひとりの女性がスペイン東部の街道沿いに葬られました。そして約725kmも離れた西部の都市には、彼女ときょうだいの男性が眠っていました。2人が血を分けた家族だったことを明らかにしたのは、骨に残された古代のDNAです。この発見を含む大規模な研究が、ローマ時代のスペインの「人の動き」を描き直しています。

研究は、スペインの進化生物学研究所(IBE、スペイン国立研究評議会とポンペウ・ファブラ大学の共同研究所)を中心に、バルセロナ自然科学博物館、米ハーバード大学、バスク大学などのチームが、学術誌『セル』に発表したもので、10月22日にスペイン国立研究評議会が発表しました。

ニュース本体:243人のDNAが語る「ローマ化」の正体

チームは、イベリア半島(スペインとポルトガルがある半島)の31か所の遺跡から出土した、紀元1世紀〜8世紀の243人分の古代ゲノム(全遺伝情報)を解析しました。

まず分かったのは、ローマに支配される前の鉄器時代の人々は、遺伝的にほぼ均一だったことです。ところがローマ時代(紀元1〜4世紀)になると、東地中海や北アフリカに由来する祖先を持つ人が一気に増えました。祖先を詳しく分析したローマ時代の66人のうち55人が東地中海系の祖先を持ち、最も近かったのはエフェソスやペルガモン、スミルナといった、今のトルコ西部にあったローマ・ビザンツ時代の都市の人々でした。南東部の遺跡では、34人中33人が北アフリカ系の祖先を持っていました。

研究を率いたひとり、カルレス・ラルエサ=フォックス氏は、ローマ化は政治や言葉、文化の変化だけではなく、大きな人口の変化でもあったという趣旨を述べています。

ゲルマン系の移住は「上書き」しなかった

一方、ローマ帝国がゆらいだ409年以降、アラン人、ヴァンダル人、スエビ人などが半島に入り、507年には西ゴート王国が半島に拠点を移しました。移住の時代の164人のうち53人が中央・北ヨーロッパ系の祖先を持っていましたが、その多くはゲルマン系の副葬品がある遺跡や、身分の高い人の墓に集中していました。移住者の遺伝的な寄与は、地域や社会の状況によって12〜22%にとどまり、多くの地域ではローマ時代からの住民がそのまま暮らし続け、結婚を通じて少しずつ混ざっていったとみられます。ハーバード大学のデイヴィッド・ライク氏は、イベリア半島では「人口の置き換え」は起きなかったと述べています。

725km離れたきょうだいと、4世代の家族

冒頭のきょうだいは、この研究の中でも特に印象的な例です。女性は、ローマの幹線道路「アウグスタ街道」沿いの宿場町イルドゥム(今のカステリョン県)に葬られ、年代は西暦257〜409年。墓にはガラスの器と、ドナウ川流域や黒海沿岸の伝統につながる金のピン2本が納められていました。男性は、西部の都市アウグスタ・エメリタ(今のメリダ)のロス・ブラネス墓地に葬られ、年代は西暦364〜535年です。

2人とも中央・北ヨーロッパ系の祖先を持ち、移住してきた第1世代だった可能性が高いとされます。研究では、2つの場所の間は徒歩で約24日、馬で約14日と見積もられ、古代DNAで確認された親子・きょうだい(第1度の近親者)の中で、最も遠く離れて葬られた例だとしています。ただし、2人が一緒に旅をしたのかどうかは分かっていません。

また、南部ルセナ近くの初期キリスト教の墓地コルティホ・コラチョでは、16人・4世代にわたる家族の系図が復元され、解析できたほぼ全員が北アフリカ系の祖先を持っていました。

独自リサーチ:イギリスとは正反対の結果

今回の結果が注目される理由の一つは、同じ時代のイギリスと大きく違うことです。2022年に『ネイチャー』誌に発表された研究では、イングランドの278人分の古代ゲノムを調べ、中世初期のイングランド東部・南部の人々の祖先の約76%が、北海沿岸の大陸側の地域に由来していたと報告されました。いわゆるアングロ・サクソン人の移住が、住民の遺伝的な構成を大きく変えたのです。

一方のイベリア半島では、大きな変化をもたらしたのはむしろローマでした。メリダは、ユネスコによると紀元前25年に初代皇帝アウグストゥスが築いた都市で、のちにルシタニア属州の都になりました。劇場や円形闘技場、水道橋などが残り、世界遺産「メリダの遺跡群」に登録されています。こうした街道と都市のネットワークが、地中海の各地から人を呼び寄せ、家族ごとの移動も支えていたと考えられます。バスク大学のイニゴ・オラルデ氏も、家族単位の移動がローマ街道で結ばれた半島の中で起きたことを指摘しています。

日本への影響:日本人の起源研究と同じ手法

古代DNAで「誰がどこから来たのか」を調べる方法は、日本人の起源の研究でも大きな成果を上げています。2021年には金沢大学などのグループが、縄文時代から古墳時代の6遺跡の12人分のゲノムを解析し、縄文人の祖先に加えて、弥生時代に北東アジア系、古墳時代に東アジア系の集団が渡来して混ざったとする「三重構造モデル」を提唱しました。2024年には理化学研究所などが、現代の日本人3256人のDNAから祖先を3つの系統に分けられると発表しています。

今回のスペインの研究は、「文化が変わったこと」と「人が入れ替わったこと」は必ずしも同じではない、という点をはっきり示しました。日本でも、新しい土器や古墳が広まった時代に、どれだけ人が動いたのかを考えるうえで、参考になる視点だと言えます。

意見:「民族大移動」のイメージが変わる研究

私は、この研究の価値は「大事件ほど人を変えるとは限らない」ことを数字で示した点にあると思います。歴史の教科書では、ゲルマン人の大移動がローマ帝国を終わらせた大事件として描かれます。しかしイベリア半島の人々の遺伝子を大きく変えたのは、征服よりも、何百年も続いたローマの街道と都市のネットワークでした。日常的な人の行き来の積み重ねのほうが、社会の中身を大きく変えたのかもしれません。

一方で、論文自身も、鉄器時代やローマ共和政の時代、半島北部のデータがまだ足りないと認めています。DNAは祖先の地域を教えてくれますが、人々がどんな言葉を話し、何を信じていたのかまでは分かりません。725km離れたきょうだいが、どんな事情で別々の場所に眠ることになったのか。考古学や文献の研究と組み合わせることで、さらに具体的な人生が見えてくることを期待したいです。

まとめ

スペインなどの研究チームが、イベリア半島31遺跡の243人分の古代ゲノムを解析し、ローマ時代に東地中海や北アフリカからの人の流れで住民の構成が大きく変わった一方、その後のゲルマン系の移住の影響は12〜22%にとどまったことを明らかにしました。約725km離れて葬られたきょうだいの発見は、ローマ街道が家族の移動を支えていたことを物語っています。

交雑する人類(デイヴィッド・ライク)

今回の研究にも参加したハーバード大学のライク氏が、古代DNAで人類の移動と混血の歴史を読み解いた本です。ヨーロッパやアジアの人々がどう混ざり合ってきたのかが分かります。

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人類の起源(篠田謙一)

古代DNA研究の第一人者が、ホモ・サピエンスの拡散から日本人の成り立ちまでを解説した中公新書です。日本の三重構造モデルなど、記事で触れた研究の背景を知るのに役立ちます。

人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」[本/雑誌] (中公新書) / 篠田謙一/著楽天市場で見る Amazonで見る

【出典・参考】
https://delegacion.catalunya.csic.es/la-llegada-de-suevos-alanos-y-visigodos-no-borro-la-profunda-huella-genetica-de-la-hispania-romana/
https://doi.org/10.1016/j.cell.2026.09.052
https://arkeonews.net/ancient-dna-reunites-siblings-buried-725-kilometers-apart-1600-years-ago/
https://muyinteresante.okdiario.com/historia/adn-243-personas-hispania-romana-visigodos-descubrimiento.html
https://www.medievalists.net/2022/09/massive-migration-came-to-early-medieval-england-study-finds/
https://whc.unesco.org/en/list/664
https://scienceportal.jst.go.jp/stories/20240724_e01/

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