火星はとっくに「死んだ星」だと思っていませんか。実は、太陽系最大級の大峡谷の地下で、今も断層がずれ動いている証拠が見つかりました。手がかりは、すでに役目を終えた探査機が4年以上前に記録していた、たった1回の「火震(かしん)」、つまり火星の地震です。
この研究は、英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンと、米国コロンビア大学のラモント・ドハティ地球観測所のチームによるもので、学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に掲載されました。両大学は2026年10月15日に成果を発表しています。
ニュース本体:マリネリス峡谷の地下20〜40kmで断層が横ずれ
主役は「マリネリス峡谷」です。長さ約3900km、幅は最大600km、深さは9km以上。アメリカのグランドキャニオンと比べると、長さは約9倍、幅は20倍以上、深さは約5倍という、けた違いの大きさです。
チームが調べたのは、NASAの火星探査機「インサイト」が2021年8月25日に記録した「S0976a」という火震です。インサイトから見て火星の反対側で起きたもので、ミッション中に震源の位置を決められた火震の中では、ただ一つ、火星の西半球で起きたものでした。
研究チームは、地震の波の大きさや向きをくわしく分析し、震源でどんな動きが起きたのかを復元しました。その結果、この火震は「横ずれ断層」(地面のブロック同士が水平方向にすれ違うようにずれる断層)によるもので、マリネリス峡谷の西部の地下およそ20〜40kmで起きていたことが分かりました。
「隕石がぶつかっただけでは?」「大きな地すべりでは?」という可能性も確かめましたが、どちらでも観測された波は再現できませんでした。火震のあとに撮影された衛星画像にも、新しいクレーターや大きな地すべりの跡は見つかっていません。
筆頭著者のジョンフン・ソン氏は「マリネリス峡谷は、太陽系でもっとも壮観な地形の一つ」としたうえで、峡谷は「死んだ景色ではない」と話しています。何十億年も前に峡谷ができたときの古い断層が、今も火星の内部にかかる力でずれ動くことがある、というわけです。その力の原因としては、火星全体がゆっくり冷えて縮むこと、近くにある巨大な火山地帯「タルシス」の重み、峡谷そのものの影響が挙げられています。
独自リサーチ:1319回の火震と「名前の由来」
インサイトは2018年11月に火星に着陸し、地震計で火星の内部を調べ続けました。太陽電池パネルに砂ぼこりが積もって電力が足りなくなり、NASAは2022年12月21日にミッションの終了を発表しましたが、それまでに検出した火震は1319回にのぼります。2022年5月には、地球以外の惑星で観測された中で最大の地震も記録しました。
今回のS0976aは、記録された当時から注目されていました。米国地震学会の2022年の発表によると、S0976aの規模はマグニチュード4.2で、マリネリス峡谷で初めて確認された地震活動とされています。当時は「深さ50km以上かもしれない」とも考えられていましたが、今回の研究で20〜40kmと、より具体的な姿が見えてきました。その24日後には、マグニチュード4.1の「S1000a」が94分間も揺れ続け、火星で観測された中で最も長い火震になっています。
峡谷の名前にも歴史があります。1971年5月30日に打ち上げられたNASAの「マリナー9号」は、同じ年の11月14日、人類の探査機として初めて地球以外の惑星を回る軌道に入りました。マリナー9号は7329枚の写真を送り、火星の表面の85%を地図にしました。この大峡谷は、その功績をたたえて「マリナーの谷(マリネリス峡谷)」と名づけられたのです。
もう一つ大事なのは、火星には地球のような「プレート」の動きがないことです。地球では、何枚ものプレートが動くことで地震が起きます。火星の表面は1枚のふたのように冷えていく星だと考えられてきました。今回の研究は、そんな星でも古い断層が今も動き得ることを示しました。インサイトのデータからは、ほかにも「ケルベロス地溝帯」や「エリシウム平原」の南部で断層が活動していることが分かっており、場所によって地下にかかる力が違うことも見えてきています。
日本への影響:横ずれ断層は日本にも身近/MMXが火星へ
横ずれ断層は、日本人にとっても身近な存在です。政府の地震調査研究推進本部によると、日本最大級の断層帯である「中央構造線断層帯」は全長約444kmで、全体として右横ずれが主体とされています。地球の断層を調べてきた知識が、火星の断層の理解に役立ち、逆に火星の「プレートのない星の断層」から、地球の断層の性質を見直すヒントが得られるかもしれません。
そして日本は今、火星に向けて探査機を飛ばしたばかりです。JAXAの火星衛星探査機「MMX」は、日本時間の2026年10月20日早朝、H3ロケット10号機で種子島宇宙センターから打ち上げられました。2027年8月に火星の衛星フォボスのまわりに到着し、フォボスの砂を採取して2031年に地球へ持ち帰る計画です。フォボスは火星に大きな天体がぶつかってできたという説もあり、火星の過去を知る手がかりになります。火星の「今」を明らかにした今回の研究と、火星の「昔」に迫るMMXは、互いを補い合う関係といえそうです。
意見:火星に地震計を「もう一度」置くべき
私は、今回の成果は「1台の地震計でも、ここまで分かる」ことを示したと同時に、「1台では足りない」ことも示したと考えます。震源の位置を決められた火震が西半球でたった1回しかなかったのは、地震計がインサイトの1台だけだったからです。地球では、たくさんの地震計の記録を組み合わせて震源を決めています。
将来、人が火星に基地をつくるなら、地盤がどれくらい揺れるのかを知ることは安全のために欠かせません。今回の研究は、マリネリス峡谷のような場所が「活動している可能性がある場所」だと教えてくれました。次の世代の火星探査では、複数の地震計を置いて、火星の地震を「面」でとらえる計画が必要になるはずです。
まとめ
インサイトが2021年に記録した1回の火震を分析したところ、マリネリス峡谷の地下20〜40kmで、古い断層が今も横ずれしていることが分かりました。プレートのない火星でも、何十億年前の断層が生きている可能性があります。日本のMMXも火星へ旅立ったばかり。赤い惑星の「今」と「昔」の両方から、新しい発見が続きそうです。
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【出典・参考】
https://www.imperial.ac.uk/news/articles/engineering/earth-science/2026/giant-canyon-on-mars-is-still-tectonically-active-today/
https://phys.org/news/2026-10-giant-canyon-mars-tectonically-today.html
https://doi.org/10.1038/s41467-026-78193-6
https://www.seismosoc.org/news/two-largest-marsquakes-to-date-recorded-from-planets-far-side
https://www.geekwire.com/2022/mars-insight-nasa-end/
https://science.nasa.gov/mission/mariner-9
https://jishin.go.jp/main/chousa/katsudansou_pdf/20171219_mtl.pdf
https://www.space.com/space-exploration/launches-spacecraft/japan-launches-historic-mmx-sample-return-mission-to-mars-moon-phobos
https://kumanichi.com/articles/2047922
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