科学

壁のない「見えないパイプ」 超音波で液体を空中輸送

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水を運ぶにはパイプが必要――。そんな当たり前を、音の力でくつがえす装置が登場しました。壁がひとつもないのに、液体が空中の「見えない管」の中をまっすぐ進み、曲がり、最後は1滴ずつ落ちていくのです。

開発したのは、フィンランドのヘルシンキ大学・電子工学研究所のチームです。スペインのナバラ州立大学、アメリカのミシガン大学の研究者も加わり、成果は2026年10月、アメリカの学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されました。

ニュース本体:256個のスピーカーがつくる「音の管」

装置のしくみは、意外なほどシンプルです。小さなスピーカー256個を筒の形に並べ、人には聞こえない40キロヘルツの「超音波」(耳に聞こえないほど高い音)を出します。音は空気を押す力を持っているため、うまく重ね合わせると、スピーカーから5センチほど離れた空中に、液体の流れを閉じ込める「管のような境目」ができます。

論文のタイトルにある「ベッセル様の音場」とは、ひと言でいうと「広がらずに細長くのびる音のビーム」のことです。チームはこのビームを曲げたり細長く伸ばしたりして、物を触れずに運び続ける方法を考えました。スピーカーの鳴らし方を変えれば、管の形を変えたり、向きを曲げたりできるといいます。

運べるのは液体だけではありません。固体や気体も、音の場の組み立て方を変えれば運べるとされ、液体なら管の出口から1滴単位で出す量を調整できます。さらに、空気中で電気の放電を決まった道筋に沿って導くこともできたと報告されています。

今回の試作機は長さ約8センチと短いものですが、消費電力は約50ワットで、昔の白熱電球1個ぶんほどです。同じ部品をつなげていけば、理屈の上ではどんな長さの管もつくれるとされています。

アイデアのきっかけは、約4年前の夕方の散歩でした。超音波でパイプを掃除する研究について同僚と話したあと、サルミ教授は「そもそもパイプをなくせないか」と思いついたそうです。教授は「これまで見てきた実験装置の中で、いちばん魔法に近い」と話しています。一方で、研究を率いたニコラエフ博士によると、装置の中心の超音波の強さは「耳のすぐそばで銃声が鳴り続けるほど」。人には聞こえなくても、犬はいやがるかもしれないそうです。

独自リサーチ:「音で物を浮かせる」研究の150年

音で物を動かす研究には、長い歴史があります。始まりは1866年の「クントの管」という実験です。管の中に音の「定在波」(同じ場所で山と谷がくり返す波)をつくると、細かい粉が決まった場所に集まることが分かりました。もともとは音の速さを測るための実験でしたが、「音には物を動かす力がある」ことを示した最初の例とされています。

実際に物を空中に浮かべたのは1933年。ドイツのビュックスとミュラーが、水晶の振動板と反射板の間にアルコールの小さなしずくを浮かせました。1985年には、スペースシャトル・チャレンジャー(STS-51-B)に音で液体を浮かせる装置が積まれ、無重力でのしずくの振る舞いが調べられています。容器に触れずに物を扱える「無容器」の技術は、高純度の材料づくりや、薬の粉をつくるための液滴の乾燥研究などにも使われてきました。

2015年には、英国ブリストル大学などのマルゾ博士らが、片側に並べた超音波スピーカーだけで直径1ミリ未満の粒を浮かせ、動かし、回転させることに成功し、『ネイチャー・コミュニケーションズ』に発表しました。物を引き寄せる「トラクタービーム」の小型版として話題になった研究です。

ただし、これまでの音響浮揚には大きな弱点がありました。浮かせられる物は、音の波長のおよそ10分の1以下の大きさで、重さも数ミリグラム程度が一般的とされます。空気中の音の速さ(約秒速343メートル)で計算すると、40キロヘルツの超音波の波長は約8.6ミリ。つまり、扱えるのは1ミリ前後の「粒」や「しずく」が中心でした。今回の研究が新しいのは、粒を1個ずつ浮かせるのではなく、液体を「流れ」として連続で運び、しかも曲げられる点にあります。

日本への影響:「音で浮かせる」は日本のお家芸の一つ

音響浮揚は、日本の研究者が世界に強い印象を残してきた分野でもあります。2014年、当時東京大学の大学院生だった落合陽一さんと、星貴之さん、暦本純一さんは、超音波で小さな粒を空中に浮かせ、コンピューターで動かして絵や文字を描く「ピクシーダスト(Pixie Dust)」を、コンピューターグラフィックスの国際会議SIGGRAPH 2014で発表しました。落合さんは2015年の展示で、この技術が野菜の種の受粉を人の手を使わずに行うことや、水を浮かせて混ぜる作業に使える可能性にも触れていました。

今回の「音の管」は、その延長線上にある技術ともいえます。日本は半導体の材料や医薬品など、わずかな汚れも許されない製品づくりが盛んな国です。管の内側にこびりついたり、管そのものを傷めたりする薬品を、何にも触れずに運べるなら、工場の設計が変わる可能性があります。研究室で少量の試薬を1滴ずつ正確に分ける作業にも応用できそうです。

意見:魔法に見えるが、実用化には「音」と「電力」の壁

私は、この研究は「音響浮揚を粒から流れへ広げた」という点で、とても大きな一歩だと考えます。これまでの音響浮揚は、見た目は不思議でも用途が限られていました。連続で運べて、しかも曲げられるとなれば、配管の代わりという分かりやすい使い道が見えてきます。

一方で、気になる点もあります。一つは電力です。長さ約8センチで約50ワットということは、単純計算で1メートルなら600ワット以上になります。もう一つは強い超音波の扱いです。人の耳には聞こえなくても、動物への影響や、長い時間そばで働く人の安全をどう確かめるかは、これからの課題でしょう。工場の中の短い区間や、実験装置の中の「最後の数センチ」から使われ始める、というのが現実的な予想です。

まとめ

ヘルシンキ大学のチームは、256個のスピーカーが出す超音波で、壁のない「音の管」をつくり、液体を空中で運んで曲げることに成功しました。150年以上続く「音で物を動かす」研究の流れの中で、粒ではなく流れを扱えるようになったことが新しさです。日本の研究者が切り開いてきた分野でもあるだけに、今後どんな使い道が生まれるのか注目です。

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超音波で粒を浮かせる「ピクシーダスト」を生んだ落合陽一さんが、テクノロジーと魔法の関係を語った本です。今回の「音の管」がなぜ魔法のように見えるのかを考えるヒントになります。

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【出典・参考】
https://www.miragenews.com/ultrasound-creates-airborne-tube-to-guide-matter-1762906/
https://thedebrief.org/this-is-the-closest-thing-to-magic-massless-ultrasound-tube-moves-matter-through-the-air/
https://doi.org/10.1073/pnas.2614959123
https://en.wikipedia.org/wiki/Acoustic_levitation
https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/10298
https://digitalnature.slis.tsukuba.ac.jp/2014/08/pixie-dust-graphics-generated-by-levitated-and-animated-objects-in-computational-acoustic-potential-field-proc/
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-13J09313
https://thebridge.jp/2015/04/pixiedust

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