「鶏が先か、卵が先か」——有名な問いですが、宇宙の研究にもこれによく似た長年の大問題があります。「銀河が先か、銀河の真ん中にある巨大ブラックホールが先か」。私たちの天の川銀河の真ん中にも太陽の400万倍の質量を持つブラックホールがありますが、こうした巨大ブラックホールと銀河、どちらが先に生まれたのか、決め手はずっと見つかりませんでした。ところがジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が見つけたある特別な天体が、その大きなヒントを与えてくれました。今回は、宇宙誕生からわずか数億年後の「銀河より先に育ったかもしれないブラックホール」の物語を分かりやすくご紹介します。
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銀河とブラックホールの「共進化」という常識
大きな銀河の真ん中にはたいてい、太陽の質量の何百万倍〜何十億倍にもなる「超大質量ブラックホール」がひとつ住みついています。そして観測されてきた範囲では、ブラックホールの質量は相手の銀河全体の質量のおよそ0.1%。銀河が1000の重さなら、ブラックホールは1の重さ、という不思議なバランスです。このバランスが多くの銀河で共通だったことから、銀河とブラックホールはいっしょに育つ何かのルールがある、と考えられてきました。これを共進化と呼びます。
常識を覆した天体「Abell 2744-QSO1」
問題の天体は「Abell 2744-QSO1」、略してQSO1と呼ばれます。場所は地球から約130億光年のかなたで、私たちが見ているのは130億年前の姿。宇宙が誕生したのは約138億年前ですから、生まれたての赤ちゃん宇宙、と言ってもいい時代です。
- 中心ブラックホールの質量:太陽の約5000万倍
- 周辺の銀河はとても小さく、星もまだ少ない
- ブラックホールの重さが銀河全体の少なくとも3分の2を占める
通常は銀河の0.1%。QSO1ではそれが約66%——数百倍も「銀河の中で目立っている」存在。小さなおうちの中に、お父さんやお母さんと同じ大きさの巨大な赤ちゃんが座っているような、ちょっと不自然な光景。
観測のカギは「天然の虫めがね」
こんなに遠い天体の内部を、なぜ詳しく調べられたのか。鍵は重力レンズ効果です。巨大な天体のそばを光が通ると、重力に引っぱられて通り道が曲がります。QSO1の手前には大きな銀河団「Abell 2744」があり、これが天然の虫めがねとして働きました。ケンブリッジ大学のイグナス・ユオジュバリス博士ら国際研究チームは、この銀河団とJWSTの赤外線分光観測を組み合わせ、QSO1まわりのガスの動きまで精密にマッピングすることに成功しました。
なぜこの発見が大事なのか
① ブラックホールが「最初から巨大」だった可能性
これまでは、星が集まって超新星爆発を起こし、その残骸からブラックホールが生まれて少しずつ合体して大きくなる、というシナリオが有力でした。けれど宇宙誕生から数億年しか経っていないQSO1の周りには、まだ重い元素もほとんどなく、星も十分にできていない。星を育ててからじっくり育ったとは考えにくいのです。だとすれば、このブラックホールは最初から巨大なまま、いきなり生まれてきた可能性がある——「直接崩壊」と呼ばれるSFのような仮説の有力な証拠になるかもしれません。
② 「鶏と卵」の答えに近づいた
少なくともQSO1のケースでは、ブラックホールが先輩で銀河が後輩、と言うことになります。宇宙が生まれたばかりのころは、もしかしたら銀河より巨大ブラックホールの方が先に作られるのが当たり前だったのかもしれません。私たちが見上げる夜空の銀河たちは、みんな心の真ん中に自分より早く生まれた古株のブラックホールを抱えているのかもしれませんね。
JWSTには日本も参加している
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、米NASAだけが作ったものではありません。欧州宇宙機関ESA、カナダ宇宙庁CSA、そして日本のJAXAも、設計や運用の一部に協力しています。東京大学や国立天文台の研究者も、JWSTのデータを使ってさまざまな初期宇宙の研究を進めています。私たちが見上げる夜空の謎を解くために、日本の研究者たちもリレーに加わっているのです。
QSO1は孤立した一例ではない
JWSTは132億光年離れた「UHZ1」という銀河の中にも、銀河に対して大きすぎる超大質量ブラックホールを見つけています。同じような「銀河に不釣り合いに巨大なブラックホール」が、宇宙のあちこちですでに見つかり始めているのです。研究チームは現在、こうした似た天体の調査を進めています。今回の発見がたまたまの例外なのか、初期宇宙ではこれが当たり前だったのか——その答えは、これから数年で少しずつ明らかになっていきそうです。
「鶏が先か、卵が先か」のような長年の大問題に、宇宙の最果てから少しずつ答えが届きはじめている。私たちは、宇宙の歴史の根っこに迫る、とても貴重な時代を生きているのかもしれません。
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